の娘の肩を抱いて、
「さあ、これで――」
 と、三人は並んだが二人は、私が厭に武張つてゐて変だ、もう仮装舞踏会は終つた後のことなのだから、もつと/\打ち寛いだ姿を執つて貰ひたい、でなければ一処に並ぶのは厭だ! と、かぶりを振つて諾かなかつた。
 シノンは恋人を抱き、またその妹をも抱いて、別れの挨拶をしなければならないんだ。――「その姿を撮らう。」
 と云つて私が、二人を引き寄せようとすると、二人は赤くなつて逃げ回つた。誰かゞ、私が居酒屋の娘に怪しからぬ想ひを抱いてゐる、それで、せめてもそんな言ひがゝりをつけて抱擁の快を感じようとでもしてゐるに違ひない――などゝひやかすと、妻は幾分殺気立つて、
「何といふ厭な奴だらう、失礼な。」
 と笑ひながら、娘を己の胸に抱き寄せた。そして、皆はいち時に仰山な笑ひ声を挙げずには居られなかつた。私は、ちよつと具合が悪かつたので、空とぼけた顔をし、
「ほんとうに、笑ひ声の――こだまは、天狗の笑ひ声のやうだな。」
 と仔細気に首をかしげながら梢を仰いだ。
「もう一度笑つて見て呉れ――」と私が追求すると、皆なつまらなさうに黙つてしまつた。
 トロヤ戦争余聞、木馬の腹に潜んで敵地に赴く決死隊の一員、勇士シノンに就いてのエピソードを挿入すると、この場の情景が鮮明になるのであるが、「シノンの芝居」は私が前の晩に森の中で大見得切つて演じた後であるから、省く。
 で、私が、ひとり、呆然と梢を眺めてゐる様子を素早く撮影したのを区切りとして、私達は、行列をつくりまた歌をうたひながら賑やかに森を見棄てた。「真夏の夜の夢」の、ひようきんな役者達のやうに馬鹿/\しい夢を春霞みの深い森の中に置き去りにして――。

     (B)

 やあ、鶯が鳴いてゐる!
 愉快だな! 春だ、春だ! などゝ、はじめは鳥の声を耳にする度に一同は馬の上から相呼応し合つてゐたが、行列が森をぬけ、沢を渡り、明るい峠にさしかゝると八方から間断のない鶯のさへずりが群がり起り、何方《いづれ》を指さし、何方を振り向く予裕もなくなつて、
「もう少し脚を速めないと午の汽車に乗れないかも知れないよ。」
「何しろこれから村に着いて着物を着換へなければならないからね。」
「蜜柑問屋のフオードが空いてゐないとすると馬車を仕立てなければならないからな。」
「いそげ/\!」
 などゝ口々に云ひ合つてゐるもの
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