生は何の戸惑ひをしてのぼせあがつてゐるのだらうか? などと囁くのを、しば/\フロラが、その故を説明などしながら、たつた二人で、花やかな祭りを催すために丸木小屋の中の飾りつけにいそしみました。――それにしてもあの人達、信仰は持たなくても、こんなに綺麗な祭りの悦びだけは迷惑ではあるまい、楽しい夕べが訪れたならば、サンタクロースには山番の老人を頼まうよ――。
「あの白髪のゆたかな、常に円満な微笑を湛へた呑気さうな山番は、普段のまゝでもサンタクロースそつくりだ。」
 フロラは、そんなことを云ひながら、カーテンをとりはづして袋を縫つたり、とんがり帽子をつくつたり、その忙しさと云つたらありません。
「いゝえ、その話を僕が昨ふ山番に告げたら、手を打つて悦び――そんなら、その袋一杯、わたしが森の土産をつめこんで、吃驚りさせてやりたいものだ――なんて大いに勇み立つて、さうだ、ほんのさつき、これと同じ位ひに大きいランチ袋をかついでから、橇を引いて出かけて行つたよ。」
 何んな土産であらうか、森の土産が、妾のスタツキングに入るかしら? フロラは、愉しさうな不安の眼《まなざし》をしばたゝいて、
「こんなに太くなつたら、何うしよう?」
 と、脚の太さを両指をもつて、太く現はしながら、突然、真つ赤になつて、噴き出したりしました。
「決して――」
 と私は、フロラの手の輪をこわして、慰めました。「お前のスタツキングを見守つてゐる山彦の精が……」
 とかと云ひかけて私は、あまりの無稽気な形容詞に次の言葉がつゞかなくなつて、たゞ、大きく笑つて、その手の甲に頬を刷り寄せたりしました。それから、また、山中の若者を招待して、カンナ屑のテープを投げ合はうではないか、赤、青、緑と染めて五彩の雪を降らせてやらうと、ついでに彼等の村踊りを所望しよう、此方は吾輩が腕によりをかけて手風琴を弾くから、フロラと一つお得意のロココ舞踏を披露すべし、だ――。
「フロラのあれ[#「あれ」に傍点]は、ほんとうに観る者の心を恍惚の空へ案内さすに充分だ。僕は、未だ二三度より見物したことはないのに、今だつて、斯うしてちよいと眼をつむると、いつかお前がヨコハマの家で誕生日のお祝ひか何かの時に踊つたおれが――さうだ、さうだ、山彦の精の踊りでもあるかのやうに、はつきりと眼の前に浮んで来るからね……」
「だつて、ドレスなんて、一枚もない。」

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