せた。我儘でね……も何もあつたものぢやない、この子煩悩の愚かな母親奴! 純吉は肚でそんなことを思つた。
「斯んなに此方から行く時は食べ物ばかしを持つて行く……」
 小母さんは笑つて、座敷の隅の品物を指差した。
「子供は?」
「いゝあんばいに大変丈夫ださうです。」
「みつちやんが、阿母さんになつたかと思ふと何だか可笑しいなア。」
「そんなことをいつたつて純ちやんだつて、今にすぐお父さんですよ。それはさうと学校は何時卒業?」
「未だ、未だ。」純吉は何の興味もなく呟いた。まつたく彼は、そんなことは大変茫漠とした謎のやうな気がして、そんなカラお世辞をいはれると煙のやうな頼り無さを覚ゆるばかりだつた。彼は、苦い顔をして泉水の水を眺めてゐた。――今迄は古いなじみの為か何の気にも懸らなかつたが、みつ子が居なくなつてからは、親類でも何でもないみつ子の母親のことを今迄通り小母さん/\なんて称《よ》ぶのも妙な気おくれを覚えた、さう思ふと此家に来ることも酷く面倒で、加《おま》けに小母さんと斯んな会話を取り交すのは何よりも退屈な気がしてならなかつた。
「やア失敬、暫く。」
 湯あがりらしく艶の好い顔を光らせて、清一が出て来た。
「やア、暫く。」純吉は努めて愛想よく微笑んだ。此奴拙いところに来やがつた――清一が自分のことを一寸さう思ひはしなからうか? 純吉はそんな邪推を廻らせた。
「姉さんが此間手紙で、君によろしくといつて寄越した。」
「あゝ、さう。僕からもよろしくいつて呉れたまへ。」さう答へて純吉は、よろしくとは一体何たることだらう、馬鹿気たやりとりだ、などゝ思つた。それにしても清一の口から自分の消息を聞いて、彼奴まだ相変らず口先ばかし元気なことを喋つてぶら/\まごついてゐるのか! みつ子がそんなに思ひはしないだらうか、などゝ純吉は想像して冷汗を掻いた。
「純ちやんは此頃家に遊びに来るかなんて訊いて寄越した。――だが此頃少しも遊びに来ないんだね、学校の方が忙しいの?」
「あゝ、学校はあまり忙しくもないがね、滅多に此方へ帰らないんだよ……」
 さういつて純吉は思はせ振りに、卑しい笑ひを浮べた。
「面白いだらうね、東京の学校は?」人の好い清一は、学校へも行かず家の業を継いだ自分の身を喞つやうに寂しく訊ねた。
「なにしろ彼方に居ると友達が多いからね。」純吉は、そんな出たら目を喋つた。彼は東京には
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