ぬことに努めた。僕達は、なるべく日暮時に散歩した。事務所がランプを用ひてゐるだけで、酒盛りでもはじまらぬ限り何処の小屋でも蝋燭も惜んでゐる始末だから、訪ねて、声をかけても、言葉だけの応酬で姿などには気づかれもしなかつた。
「ミツキイ、お前の胸に――」
と僕は屡々云つた。「いさゝかでも陰鬱な怖《おそれ》や戦きが湧きあがるようだつたら、吾々は速刻山を下らうよ。」
「おれは――」
と彼女は答へるのが常だつた。「輝やかしい思ひ出として、これが残るためには、物語のやうな冒険に出逢ふことも厭はないさ。」
「この間の朝、お前が山鳥を打ち落した時、俺は、思はず、お前を抱きあげて接吻を与へた……」
「……おゝ、また、山鳥を打ち落して見たいものよ、お前の暖い接吻のために!」
「ところがね、それを、橇引きのミスター伝に発見されたことを、さつき知つたのさ。」
「……えツ!」
ミツキイは、思はず震へあがつて、慌てゝ窓にカーテンを降すと、僕の胸に飛びついた。
「許してお呉れ、結果を先に云はなかつたことを――」
と僕はあやまつた。
「驚ろかなくても好いんだ――あれはね、俺達が悦びの感情を示し合ふ時の、西洋風
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