氏のあの仕事に対して日増に熱烈な興味を増しつゝあるのであつた。その上私は、G氏も亦私にとつては芸術上の得難き友であるといふ思ひに打たれてゐるのであつた。
そして私は、是非ともG氏をモデルにした小説を書きたいと憧れはじめてゐるのである。それには、何うしても更に、少くとも四五回は、白面で、G氏のスタデイオを訪れなければならない。私は、G氏をモデルにすることを、G氏の承諾を得た上で、彼に訊ねなければならない数々の疑問を持つてゐる。G氏の承諾を得なければ描くことの出来ぬ場面だからである。
だがG氏は果して私の申出を諾《き》いて呉れるであらうか。何故なら私が彼に訊ねることは学術上のことは別として、余りにプライべイトな話に立ち至るであらうから。
「若し君が僕の申し出を諾いて呉れるならば、僕も亦――」とG氏は、若しや交換条件を持出しはしなからうか。それを思ふと私は深い嘆息を吐かずには居られぬのであるが、
「止むなくば――」とさへ思つてゐるのである。――空と共に酒の香り益々高き秋たけなはなる今日此頃私は、余裕さへあれば嘗てG氏に出遇つた酒場に赴いては、空しく酔ふて帰路を踏んでゐる。そして私は、自分の、その姿の、フラ/\とよろめきながら首を振つたり、手をあげたりして歩く、スクリーンに映し出た時の、骨格の運動を想像すると、稍ともすれば酔ひを醒まされ勝ちになる。酔つてゐる間の自分の運動状態などは知る由もないが常々私は周囲の者から、それはたしかに異なものである――といふ嘲笑を買ふてゐるのだ。その度毎に私は、今後酔はぬことを誓ふのである。あゝ、酒は止むべきだ。
だが私は一日も早くG氏に廻り遇はなければならない。
「デビルズ・デイクシヨナリイ」「ユニバーサル・マジシアンス・ブツク」「ヒストリイ・オヴ・デビルズ」
この三冊の本は、あの時G氏が、両側が一杯書物で埋つてゐる廊下の書架から、「無選択で――」と云つて取り出して、私に呉れた本であるが、G氏に遇へる時まで酒を止めて、これでも読んでゐようかしら――などゝ思つてゐる。
底本:「牧野信一全集第四巻」筑摩書房
2002(平成14)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「読売新聞」読売新聞社
1930(昭和5)年11月13日〜15日
初出:「読売新聞」読売新聞社
1930(昭和5)年11月13日〜15日
入力:宮元淳
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