ちに家を借りたいと思つてゐる――と云つたら、ぢや大森にしなさい、僕の処の近所に探しませんか――と云つてゐたもの。」
私は妻と対坐して朝の珈琲をのみながら、不思議な思ひで、そんな会話をとり交してゐた。
そして妻の云ふところに依ると、G氏は最近猛烈な不眠症に悩まされて、そのために時間的生活が一切無茶苦茶になつてゐる! といふことだつた。
その不眠症の原因は一切の学究に対する疑問に根ざしてゐる、自分は命限り宇宙の神秘と闘はなければならぬ、自分が収めた幾つかの学問はこの闘ひのための弓であり、楯であり、矢である筈だが、これらの武器では何うしても飽き足りぬ、自分は詩を索めて止まぬ。有機的武器を索めて止まぬ――はつきり訳は解らなかつたがG氏はそんな意味のことを、興奮のあまり私と妻を一抱へにして呟いたかと思ふと(この部屋まで来て)、
「然し世界には驚くべきことが充満してゐる。」と叫びながら立ち去つたさうである。妻は、Gさんも余程お酔ひになつてゐたらしい! と付け加へた。
二
或晩私はG氏の書斎で、博物標本の映画を観てゐた。その中に私は二本の「レントゲン映画」――と彼が云つた――といふものを観た。G氏の云ふところに依ると彼は十年も前からこの仕事を研究してゐるが、未完成のものばかりである、とのことだつた。
その一つは「骸骨の運動」であつた。
「この被写体は僕の娘である、こんなことは云ふ必要もないのだが、君は小説家だから説明しよう。」
彼は云つた。「妻は僕のこの研究に恥を感じて、先年帰国してしまつた。ローマ旧教の信者である彼女は、僕の仕事を罵らずには居られなかつた。然しさすがにヒツペウス族の血を引いてゐる彼女は、僕のこの仕事が或る完成を遂げたら再び相見るであらう――と云ひ残して行つたが。」
「で、このモデルの方は?」
「彼女は科学には興味は持たぬが、普通のモダン・ガールだから、こんなモデルになる位のことは、何とも思つてゐない。」
そしてG氏は、扉をあけて、
「ミミー、ミミー!」
と呼んだ。「技士になつて下さいな。パヽは、お客様に説明だけをしなければならないんだから――」
娘は、無愛嬌な様子で入つて来た。そして直ぐに父と代つて映写機の傍らに立つて、撮影を続けた。娘の顔は、映写機から漏れる光りを浴びて、薄暗がりの中に、はつきりと浮んでゐた。――金髪が殆ど白色に
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