手を切って泳ぎついたが、とぼとぼと手ぶらで引あげて行った折の姿は、思い出すも無惨な光景で私は目を掩《おお》わずには居られなかった。
鵙《もず》の声などを耳にして、あの時のことを思い出すと、私にはありありと万豊の叫びや議員のことが連想された。やがては次第に私も迷信的にでも陥ったせいか、水流舟二郎などという文字を考えただけでも、臆病げな予感に脅やかされた。あの胴上《どうあげ》もさることながら、この寒さに向っての水雑炊と来ては思うだに身の毛のよだつ地獄の淵《ふち》だ。私は、水だの、流れだのという川に縁のある文字を感じても、不吉な空想に震えた。定めとてもない漂泊の旅に転々として憂世《うきよ》をかこちがちな御面師が、次第に自分の名前にまでも呪咀《じゅそ》を覚えたというのが、漠然ながら私も同感されて見ると、私は彼との悪縁が今更の如く嗟嘆《さたん》されたりした。
澄み渡った青空に、鵙の声が鋭かった。往来の人々が、何か胡散《うさん》臭い目つきでこちらを眺める気がして私は、いつまでも窓から顔を出していることも出来なかった。
「そんな色に塗られては……」
戻って来た御面師が、慌てて私の腕をおさえた。
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