狐や赤鬼に嚇《おどか》されて肝《きも》を潰《つぶ》したり娘たちがひょっとこに追いかけられたりする騒ぎが頻繁《ひんぱん》に起ったりするので、当分の間は子供の夜遊びは厳禁しようと各戸で申合せたそうだった。
三
「水流《つる》さんや、お前《め》えもよっぽど用心しねえと危《あぶ》ねえぞ。丸十の繁から俺は聴いたんだが、お前えは飛んだ依怙贔負《えこひいき》の仕事をしているってはなしじゃないか、家によって仕事の仕ぶりが違うってことだよ。」
杉十郎は自分に渡された面をとって、裏側の節穴を気にした。
「俺ア別段どうとも思やしないんだが、人の口は煩《うるさ》いからな。」
彼は一度村長を務めたこともあるそうだが、日常のどんな場合にでも自分の意見を直接相手につたえるというのではなくて、誰がお前のことをどういっていたぞという風にばかり吹聴して他人と他人との感情を害《そこな》わせた。そして、その間で自分だけが何か親切な人物であるという態度を示したがった。彼も例の黒表の一名だが、おそらくその原因は、その「親切ごかし」なる渾名《あだな》に依ったものに違いなかった。伜《せがれ》の松二郎がまた性質も容貌《ようぼう》も父に生写しで「障子の穴」という渾名であった。
眼のかたちが障子の穴のように妙に小さく無造作で、爪の先で引掻いたようだからという説と障子の穴から覗《のぞ》くように他人の噂を拾い集めて吹聴するからだという説があったが、彼らに対する人々の反感は積年のもので、一度はどちらかが担がれるだろう、親と子と間違えそうだが、間違ったところで五分五分だといわれた。
「繁ひとりがいっているんじゃないよ、阿父《おとう》さん――」と松は何やらにやりと笑いを浮べながら父親へ耳打ちした。
「ふふん、酒倉の伊八や伝までも――だって俺たちは別にこの人たちをかばうわけでもないんだが、そんなに訊《き》いてみると……な、つい気の毒になって……」
「やめないか。僕らは何も人の噂を聞きに来たわけじゃないぞ。もし、この人の仕事について君たち自身が不満を覚えるというなら、そのままの意見は一応聴こうぜ。」
私は二人の顔を等分に見詰めた。抗弁をしようとして御面師は一膝《ひとひざ》乗り出したのだが、自分もやはり担がれる部の補欠になっているのかと気づくと、舌が吊《つ》って言葉が出せぬらしかった。今更ここで抗弁したところ
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