らぬ義憤に駆られて、夢中で後を追いはじめたが忽ち両脚は氷柱《つらら》の感で竦《すく》みあがり、空《むな》しくこの残酷なる処刑の有様を見逃さねばならなかった。空中に飛びあがる憐れな人物の姿が鳥のように小さく遠ざかってゆくまで、私は唇を噛み、果ては涙を流して見送るより他は術《すべ》もなかった。――それにしても私は、こんな奇怪な光景を眼のあたりに見れば見るほど、見知らぬ蛮地の夢のようでならなかった。
後に聞くところに依ると、あの激しい胴上げを十何遍繰返しても気絶をせぬと、村境いの川まで運んで、流れの上へ真っさかさまに投げ込むのだそうである。結社の連中は必ず覆面をして黙々と刑を遂行するから、被害者は誰を告訴するという方法もなく、人々は一切知らぬ顔を装うのが風習であり、何としても泣寝入より他はなかった。
あの時の万豊の最後は、あれなり私は見届け損《そこな》ったが、狙《ねら》われたとなれば祭りや闇の晩に限ったというのでもなく、蛍の出はじめたころの或る夕暮時に、村会議員のJ氏が役場帰りの途中を待伏せられて、担がれたところを、私は鮒釣《ふなつり》の帰りに目撃した。彼は達者な泳ぎ手で、難なく向岸へ抜手を切って泳ぎついたが、とぼとぼと手ぶらで引あげて行った折の姿は、思い出すも無惨な光景で私は目を掩《おお》わずには居られなかった。
鵙《もず》の声などを耳にして、あの時のことを思い出すと、私にはありありと万豊の叫びや議員のことが連想された。やがては次第に私も迷信的にでも陥ったせいか、水流舟二郎などという文字を考えただけでも、臆病げな予感に脅やかされた。あの胴上《どうあげ》もさることながら、この寒さに向っての水雑炊と来ては思うだに身の毛のよだつ地獄の淵《ふち》だ。私は、水だの、流れだのという川に縁のある文字を感じても、不吉な空想に震えた。定めとてもない漂泊の旅に転々として憂世《うきよ》をかこちがちな御面師が、次第に自分の名前にまでも呪咀《じゅそ》を覚えたというのが、漠然ながら私も同感されて見ると、私は彼との悪縁が今更の如く嗟嘆《さたん》されたりした。
澄み渡った青空に、鵙の声が鋭かった。往来の人々が、何か胡散《うさん》臭い目つきでこちらを眺める気がして私は、いつまでも窓から顔を出していることも出来なかった。
「そんな色に塗られては……」
戻って来た御面師が、慌てて私の腕をおさえた。
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