も解らぬ風の神様のことだからな。おゝゝゝ、情けない、この不漁の上に、若しもこの家の屋根でも飛ばされてしまつたら……」
「おい、耳を澄して見ろ――風らしいぞ。」
「大変だあ……」
音無は、矢庭に私に飛びかゝつて鎧櫃を奪ひとらうと猛りたつた。
「吹雪だ、吹雪だ!」
と私は叫んだ。真実私の耳には、キクロウプスの口笛を想はせられる陰々たる吹雪の音が響くのであつた。――「これを、離して堪るものか。」
すると音無は、
「もう駄目だ!」
と唸つたかと思ふと、歯を喰ひしばつて仰向けに倒れた。そして泡を吹きながら、
「何でも関はないから私の上に、重たいものを載せて呉れ、飛んでしまふ/\、私の軽い体が……」
と喚くのであつた。
俺と同じことを云やがる――さう思ふと私は、斯んな慾深男と同病であるらしいのが酷く自尊心に関はつたが、その苦悶の切なさは同感に価するので、重い書物を次から次へ取りあげて、患者を埋めた。
音無は、重石の下ですや/\と眠つたらしい。――改めて耳を傾けると、吹雪の音は全く消えてゐて、戸を開けて見ると、眺めも豊かな月夜であつた。
(これは、私がその村を遁走した後に初めて知つたのであるが。――といふのは私は町で育ち、つい一両年前に、この村に私の家のあることを悟つて、止むなく移り住んだ者であつたから、不思議な村の云ひ伝へなどについては全然無知の徒であつたわけであるが――竜巻村には、毎年秋の終りの頃になると、私や音無が罹つてゐたやうな精神病の流行は常例だつたといふことである。あの怖ろしい風巻に怯える父祖伝来の血統が、村人一帯に流れてゐる故に、一名「吹雪病」と称ばれてゐるこの癲癇の一種に就いては村人は余り気にも掛けぬのであつた。然し、私の父祖はこの村の住民ではなかつたのに、何うして私に、そんな病が起つたのか、私はその因を求めるのに苦しむ次第である。)
それはさうと、外はそんなに円かな月夜であるといふのに、翻つて私の胸を窺ふと、不安の嵐がまたも新しく巻き起らうとしてゐるのであつた。――私は、やがて息を吹き返すであらう音無が、更に捲土重来の勢ひで、この宝物に飛びかゝるであらうことを深く心配しはじめたのである。
で私は、今のうちに蔵つてしまはなければならないと決心して、手早く鎧櫃の肩紐に腕を通すと、アツシユの槍を杖にして辛うじて立ちあがつた。喰ふものも碌々に摂らず、妄
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