駈けのぼつて……お化けなんてゐやあしないわよ。意気地なし……」――「ほうら! もうどこかへ見えなくなつてしまつた。だけど、こはれちやゐないことよ。きつと、二階の隅にとまつてゐるよ。……早く、見つけておいでツていふのに。」――「天井裏にね、昔、おしおきに使つた竹の鞭があるよ。それは、触るとお爺さんに叱られるけれど、あんまり愚図々々してゐると、それを出して来てあんたをひつぱたくよ。」
*
私は、あの娘の笑ひ顔を想像することが出来ない――笑つた顔を見たことがない。痩せてゐた。そして脊《せい》が竹の子のやうに細長かつた。顔色ははつきりと青白かつた。私の町からでさへ何里も離れてゐる片田舎で、あたりは丘と麦畑ばかりのところにある家だつたが、娘の身装《みなり》は、その頃の私に芸者の子のやうだと思はせたほど派手だつた。
「もう帰らう、母さん。」と私は母にせがんだ。母は、娘の祖父と母と対座して、海棠の花が満開の庭を眺めながら、花見の御馳走になつてゐるのであつた。
「妙《たへ》は?」と娘の母は私にたづねた。私は、猫のやうにおびえて母の蔭に縮こまつてしまつた。――普段友達といふ者がないので稀に子供伴れのお客があるとあれ[#「あれ」に傍点]は夢中になつてしまふのである、どういふわけかあの子は乱暴でいけない、馬鹿な癇癪持ちでうつかり逆らふと相手の見境もなくどんなことをするかも解らない、だから決してよその子とは遊ばせないやうにしてゐる、この間などは夜中に夢中で飛び起きてはだし[#「はだし」に傍点]で、あの街道をまつしぐらに駈け出す騒ぎ――。
「その速いの速くないの!」と娘の祖父は、さういつて息をのんだ。――「あゝいふ子はうつかり叱ることも出来ないんです……そんなひどい怯え方をするんですからな――こつちがもうこはくてこはくて!」
幸ひその夜は月夜だつたからよかつたものゝ、それでも村中の騒ぎだつた、翌朝たづねて見ると何も知らないといつてゐる……。
「よく子供にはある病気なんだが、あれのは大分ひどすぎる!」
「そして――」と娘の母が続けた。「悪いことにはあれ[#「あれ」に傍点]は意地悪なんです、男のやうに乱暴な――玩具だつて満足には一ト月と保つものはありません。」
――「何かまた、意地悪をしたんでせう? 仕様がない、かんにんしてやつて頂戴ね、あれは少し病気なんですからね
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