う。あたしの、勇敢な、より好き半身よ。縄梯子を……。
 タイム、イズ、マネー。」
 二人がゝりで縄梯子を運んだ。つぎ竿の先で梯子の一端を「幸福を宿す木」が私達のために緑の葉を拡げてゐる――樅の枝に辛うじて懸けることが出来た。その枝から梯子は、ブランコのやうに宙を、地上に垂れた。
「二人で昇つて行つても安全だらう、あたしもお前に続いて行かうかしら。そして、あの枝に並んで腰を掛けて(祝福された星)の歌をうたはうか。」
「ミスルトウの枝を抱へたお前の肩に凭つて吾々が橇道を降つて行く帰り途に、それ[#「それ」に傍点]は歌はう。未だ、あのヤドリ木は完全に吾々のものに帰したとも云へぬのであるから……」
 私は、一振りの山刀をバンドの腰にさしはさむと、とても注意深い脚どりで、一段一段と、縄梯子を昇つて行つた。帰りの橇道のことを想ふと、目眩《めくら》みさうな恍惚の渦巻きに襲はれた。「祝福された星」の歌の唱歌者《うたひて》は、歌の初めと終りで、未来を約す熱い接吻をとりかはすのが慣ひであるさうだ、――といふことを私は、その二三日前にフロラから聴いた。



底本:「牧野信一全集第四巻」筑摩書房
   2002(平成14)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「婦人サロン 第二巻第十二号」文藝春秋社
   1930(昭和5)年12月1日発行
初出:「婦人サロン 第二巻第十二号」文藝春秋社
   1930(昭和5)年12月1日発行
入力:宮元淳一
校正:門田裕志
2010年1月17日作成
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