しない限り殆ど口数を利かない男なのですのに(この点だけが彼と私と似てゐます。)、この日は私の顔色などには頓着なく私には恰で興味のない煙りのやうなことを独りでのべつに喋舌りたてるのです。殆ど息をつく間もありません。そして、俺は今日は妙に亢奮してゐるんだ! と一言説明しました。私も何の質問もしませんでした。
「俺は今小説を書いてゐるんだ。はじめこの第二節から書き出したんだ、幼年篇から。幼年時代のそれに関する環境を様々な叙事に依つて述べてから、三十一歳になつた私がいよ/\その未知の国に向つて出発するといふまでのおそろしく長い物語を計画したんだ。だがこの第二節である幼年篇を先づ書き起して、未だ一歩も本題に入らないうちに突然俺はハタと行き詰つた、場面の選び方も悪かつたのかも知れない、一体俺は筆を執るにあたつて成りゆきのことなどはあまり意に介しない放縦《ケヤレス・フリードム》に慣れてゐるのだがそんなに脆く行き詰るとは夢にも思はなかつたのさ。疳癪を起して俺は、いきなり最後に飛込んだ、そしてこれを第一節とした、が、またこれがハタと行き詰つた。」
Aは何の前説明もなくそんなことを熱のある調子で語ります
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