照子の鼻を折つてやらうと試みたのである。
「第一僕は、Fの容貌が気に入つてゐるんだ。あの青い眼玉には、爽やかな悲しみが宿つてゐる。あの鼻の形は、往々見うけるそれと違つて、冷たさを持つてゐない。楚々としてゐて、それで冷たさがないんだ。」
「少し痩せ過ぎてはゐないこと!」と、照子は云つた。照子は、丈も高くそして、私から見ると肥り過ぎてゐた。照子は鼻の話をされるのを何よりも嫌つてゐた。私は好く悪口の心意《つもり》で「照ちやんの鼻は暖か味があふれてゐるよ。」と云ふのであつた。
「痩せてゐるといふ言葉は当らないよ。伸々として、引きしまつてゐるんだ。」
 私が照子を対照にして厭がらせを試みてゐるのだといふことには気づかずに、彼女はたあいもなく私に煽動されてるかたちになつて、Fに敵対する口調を洩らし始めた。
「妾だつて、洋服を着ればそんなに肥つて見えやしないわよ。妾は、さつきもお湯に入つた時、鏡の前に立つて見ると自分の恰好に見惚れたわ、なんだか自分ぢやない気がするのよ……」と照子は、鈍い眼を一寸物思ひに走らせて、
「ああ、妾どうしても洋服を作るんだ。」と独り言つた。
「うむ。」と私は、わざと真面目な賛意を示した。かうなると、もう照子は私の敵ではなかつた。
「一体妾のスタイルは、和服よりは洋服に適してゐるんぢやないかしら?」
「まア着て見なければ解らないが、……そりやアもう大丈夫だらうな。」と私は、首をかしげて点頭いた。(また軽蔑の種が出来て、退屈が一つ忍べることだらう。貴様みたいな薄ノロが洋服を着たら、さぞかし……フッフッフ。これ程思ひあがつてゐれば、大丈夫なものだ。)私は胸のうちで、そんな悪いセセラ笑ひを浮べてゐたのである。
「ワンピイスが好いかしら? それとも?」
 照子は、私などに頓著なく楽しさうな想像に耽つてゐた。
「二通りや三通りは必要だらうね。帽子のこと、靴のこと、いろいろ愉快だね……」
「Fさんは、不断は主にどんな風なの?」
「さア?」
 私は、Fの服装に就いての記憶がなかつたことを後悔した。
「ともかく、あしたあたりFさんを紹介しておくれよ。」
「Fは、日本語は喋れないんだよ。」と、私は白々しく云つた。
「いいわよ、純ちやん程度になら妾にだつて出来るわよ。」
 照子は、如何にも自信あり気に云ひ放つたのだ。不断から彼女は、東京に居る時分、一年以上西洋人に就いて Pr
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