つて山の番小屋のやうになるのも好い、あたりには出たらめに椅子を散らかしたり、寝転びたければ畳に寝転ぶし、襖や障子は一切取り脱してしまつて、カーテンだけに囲まれてゐるガラン洞にするのも反つて便利かも知れない……そんな風にでもしなければ子供までもせゝこましくなつてしまふかも知れない、俺は、あの頃山の番小屋にやられたのであるが、その時はもつと/\活気に充ちてゐた筈だ、この生活が悪いのだ。
「それ位ひなら、ほんとの田舎に越しませうよ。」
「直ぐといふわけには行かないもの。」と、私は、稍々醒めて不平さうに答へた。
 翌日、陽はあたつてゐたが、風のある乾いた午後だつた。前の晩に私は、そんな馬鹿気た想ひを助長させて終ひに彼女を多少脅やかしたらしかつた。――私は、こんな日には此処の日光室に入るのは厭だつたのだが、白けた気分でその中にかくれてゐた。自画像も点字機も上の見えない棚に載つてゐた。私の心は、完全な無精に陥ちてゐた。
 もう落ちる葉はないので屋根には音はしなかつたが、埃を含んだ風が其処を吹いてゐるのかと思ふと私は、また悪く歯が浮いてしまつた。そんな屋敷を戴き、薄つぺらな硝子戸に隔てられて――直ぐに取り消さずには居られないやうな痴想にのみ走つてゐる自分が、首を縮めて、たゞ徒らに歯を浮かせてカチカチと鳴してゐる姿を、私は、瞑目して想像するより他はなかつた。硝子戸は少しばかりの風にも音をたてゝ鳴り、テーブルの上には字がかける程に埃が積つてゐた。私はぼつとして、そこに、指先きで、塀の落書のやうな人の顔を、かいたりした。――ザラ、ザラ、ザラ……浮くだけ浮いたらこんな歯の病ひなんて収まるだらう――私は、指先きに力をこめて縦横にテーブルの上をこすつた。
 ――「また、当分夜昼を取り換へてしまはう。」
 夕暮に眼醒めて、鼠色に汚れたカーテンの中で、無意に、酒に酔つてゐる方が好さゝうだ――何にもいらない、誰かに笑はれないうちに斯んなところも取り片づけてしまはう、借りてある部屋をあの儘にして置けば、あそこで昼寝も出来る。
「もう、例年の如くベン船長に賀状を出す日も近づいたが、今度は一寸とデイツクの近況も書き添えてやらなければなるまい、父に丁寧な弔状を貰ひ、その後別にデイツク(彼は、いつの頃からか私をさう称んでゐた。)の近況を知りたいといふ手紙も貰ひ放しになつてゐる。さうだFからも――(ベンさんに
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