て進んで行くと、誰でも、ちよつと物狂ほし気に爽快な滑走! を誘はれる――そんな、見事な一直線の街道である。
「ぢやお父さん、先へ行つてゐるわよ。お父さんが出かける時分には乗合が通るわね、あれでいらつしやい。」
 娘は父親を振り向いて手を振つた。
 若者は、パンアテナイア祭の物語を何んな風に話して娘を悦ばさうか知らと思つてゐた。娘に素晴しい果物籠をつくつてやらなければならない! と思つてゐた。
「道々にこの花片を撒きたまへ。……夢にも後を振りむくことなしに、この瑠璃色の朝陽を衝いて、さあ、一散に発ちたまへ。」
 若者は諳誦した。
「あの本の話をして――」
「アハヴは――」
 と云つたゞけで若者は喉が塞つた。そして吾知らずタイキに鞭をあてた。タイキは一散に駈け出した。
「アハヴは不幸だ。俺は何処までも二人だな……。祭りへ行くのだ、パンアテナイアの祭りへ!」
 若者は夢中で叫んで唇を鳴し、空に朗らかな鞭を鳴した。
「あゝツ、速い! 面白いな――」
 と娘は若者の腕をつかんで叫んだ。
「面白い? そんなら明日から、毎日あの白い川のほとりを――。あの堤の夜明け時なら……」
 若者は、もう少しでそんなことを云つてしまふところだつた。若者は、陽を余りにまぶしく感じて、更に物々しく鞭を振つた。
「おーい。キヤベツがごろ/\転げ落ちてるよう。待つて呉れ/\!」
 軒先で見送つてゐた父親は、突然大声で叫んだが、応へがないので、同じことを絶叫しながら一目散に追跡した。



底本:「牧野信一全集第四巻」筑摩書房
   2002(平成14)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「西部劇通信」春陽堂
   1930(昭和5)年11月22日
初出:「文學時代 第二巻第七号(七月号)」新潮社
   1930(昭和5)年7月1日発行
入力:宮元淳一
校正:砂場清隆
2008年3月3日作成
青空文庫作成ファイル:
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