蕨狩りに出掛けた時、崖を這ひ登りながら胆を冷したのを思ひ出して、銃を担いだ娘がひとりであれを登るさまは想像が困難だつた。
「あたり前だわ。」
お雪は苦笑してゐた。「今朝だつて、もう、一度行つて来たのよ、霧が深くつて生憎不漁だつたけれど。ぢや、お店に時々ならんでゐる雉や山鳥は、皆なあたしが打つて来るんだと云つたら、何んなにお前は驚くだらう?」
「売つてゐる、あれ[#「あれ」に傍点]!」
季節/\の川魚の干したのを藁づとにして軒先にぶらさげてあるのに並べて、いつも小鳥の束が商はれてゐるのを私は知つてゐる。
「そのお金がもう二十円もたまつてゐる。」
「――この鉄砲は勿論雪ちやんに進呈するけれど、僕が東京へ行つたら、もつと新式の軽いのを買つて、屹度送つてあげるよ。」
「何時東京へ行くの?」
「…………」
「新しい鉄砲なんて要らないや。――行つてはいけないよ。」
――沢に降りると、私はシヤツも下着も脱ぎ棄てた半裸体となつて、口を嗽ぎ顔を洗つてから、流れのまん中で巨大な牛が沐浴をしてゐるかのやうな姿の岩に飛び移ると、カルデアの蛮族の牧歌を高唱しながら勇ましい体操をはじめるのであつた。
これらの山々の谷間を流れる三条の谿流が麓の村境ひに合して、あれらの舟を泛べる河となるのだ。
私は、流れに向つて、つたへよや、かの窓に屯ろする人々に――
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涼風夜雨を吹き
蕭瑟として寒林を動かせり
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などゝ歌つて、切りに復讐の体操を続けてゐたが、汀を眺めると、恰度寝椅子に似たかたちの石に鳥のやうにその身を横へて、私の体操の終るのを待つてゐるお雪が、水鏡に凝つと視入つてゐた。寝椅子の裾には深々として孔雀歯朶が、絨毯のやうに生ひ繁つてゐた。もう聞き飽きてゐるためか彼女は、私が次第/\に何んなに歌の調子を高めても、身動きもしなかつた。彼女は、さつきの獲物の羽毛を花びらのやうに水に浮べながら、もの思ひに耽つてゐるかのやうに見えた。
そして私は、私の歌の絶え間にそつと耳をそばだてると、それは娘のうたふ声に違ひない――。
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With outstreched arms upon the shore she stood,
With tearful eye she gazed upon the flood,
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