約して、数々の負債を重ねたのだ。「八郎が帰るまで――」「七郎が……」
夜――私は、女房の腕をとつて崖下の街道に逃れ出た。振り返つて見あげると、皎々と灯りのついた部屋/\の窓が、一勢に外に向つて開け拡げられて、多くのゾイラス共の影が縦横に行き交うてゐた。転宅の模様でゞもあるかのやうに、種々な荷物を担いだシルエツトが中央の窓の蔭に寄り集まつた。ひとりの男が急造への壇の上に昇つて、卓子を前にした。その周囲に人々が円陣をつくつた。それらの影がはつきりと映り出て、やがて口々に何事かを叫び、拳を振りあげたり、踊りあがるやうな恰好を示したりした。――私は、私の弾劾演説が初まるのだらう! と思つて、女房の手を執つたまゝ、ぼんやり見あげてゐると、壇上の男が不図執りあげたものに気づくと、それは私の剣闘練習用の錆びたサアベルであつた。男は、滑稽な見得を切つて稚拙にそれを頭上に振つた。哄笑の声が起つた。男は頻と口に何事かを叫びながらサアベルを振つてゐたが、間もなく疳癪の発作に駆られた身振りで、窓外にそれを投げ棄てた。サアベルは私の脚もとに滑り落ちた。
男は、次に二人がかりで重いトランクを持ちあげた。演説でもなささうだ、魔術の練習かしら、不思議な人達だ――と私と女房は首をかしげたが、懸物が現はれたり、花瓶が運ばれたりして、それが周囲の人達の手に渡されてゐるのを見てゐるうちに、漸く私が、
「オークシヨンだよ。」
と気づいた。
「あゝ、あの首飾りは、妾、欲しい――何う云つたら好いの?」
女房は私に取り縋つて、声を震はせた。――私は、いきなり窓に向つて、
「そいつも偽物だぞ!」
と大喝した。
男は、窓の下にあつたテラスに、買手のない物品を一先づ投げ出してゐたのであるが、石垣の修繕作業のために、とり脱けられてあつたので、彼が投げ出す品々は悉く私達のゐる崖下に転落してゐた。非常に亢奮して表門から圧し寄せた彼等は、暗い裏側の出来事に気づいてゐなかつた。だから私達は、さつきから種々な品物を首尾よく享けとつてゐた。私は、一つ一つ投げ出されて来たアメリカ土人の|鳥かぶと《モンクス・フード》を頭上に戴き、トーテム模様を織り出した草織のガウンを着て、腰にはサアベルを吊りさげ、朱塗りのカラス面をかむつてゐた。そして女房は、夜目にもあざやかな白地に|トラムペツト・フラワー《のうぜんかづら》の縫取りを施した
前へ
次へ
全14ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング