と思っているが、私は知っている――あの団長はかような好天気の日には却って身を持ち扱って、無闇《むやみ》に煙草を喫す習慣である、そんな時には彼は非常に神経質な喫煙家になって、一発で点火しないと、わけもない亢奮に腕が震えて不思議な苛立ちに駆られるのであった。彼は、一発の下に点火しない煙草は、不吉と称して悉く踏みにじってしまうのである。彼は、それでその日の運命を自ら占うのだという御幣をかついでいる。だから最初の一発がうまく点火すると彼は非常な好機嫌《こうきげん》となるが、手もとが狂いはじめたとなると制限がなくなる。ガミガミと途方もなく苛立って続けざまに発砲するのだが、癇癪を起せば起すほど腕が震えて埒があかず、終いには人畜を害《そこ》ねなければ溜飲が下らなくなってしまうという始末の悪い迷信的潔癖性に富んでいた。
未だそれ[#「それ」に傍点]と判明したわけではなかったが、なおも頻りに鳴りつづけている「ライタアの音」に注意を向けると私は脚がすくみそうになった。余裕さえあればここで私は、彼の発火管が種切れになっていつものように彼がふて[#「ふて」に傍点]寝をしてしまうであろう頃合を待って、森に踏み入るのであったが、容易に発砲の音は絶えなかった。この上ここらでまごまごしていれば村の連中に捕縛される恐れがあるばかりでなく、最も怖ろしい夕暮に迫られる危険がある。――彼は人畜に重傷を負わせる程|獰猛《どうもう》ではないが、奇妙な狙いをもって、その身近くの空気を打って、逃げまどう標的の狼狽する有様を見物するのが道楽である。おそらく私を見出したならば彼は会心の微笑を洩らして最も残酷な嬲《なぶ》り打ちを浴せ、跳ねては転びしながら逃げ回るであろう私達の悲惨な姿を現出させて鬱屈を晴らすに違いない。この臆病な驢馬を御《ぎょ》し、この稀大な重荷を背負って私は、あのライタアの火蓋に身を飜す光景を想像すると、もう額からは冷いあぶら汗が滲《にじ》み出した。地獄の業火に焼かるる責苦に相違なかった。私の脚には忽《たちま》ち重い鎖がつながれてしまった。私は擂鉢のふちでどちらを向いても真に進退ここに谷《きわ》まったの感であった。私は、然し、勇を鼓して、もう一度緩やかに、おしめども今日をかぎりの――と歌って、馬を追いやろうとしたが、徒《いたず》らに口腔《くち》ばかりが歌のかたちに開閉するばかりで決してそれに音声が伴
前へ
次へ
全17ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング