も二頁あまりなければならないのだ。」と彼は口を突らせて呟いだ。――大した不快を感ずる程の熱情もなかつたのではあるが、一寸酷いと思つた彼はあの箱の中から、去年戻つて来た儘になつてゐる最初の校正刷りを出して、験べて見た。――落ちてゐたのは二頁あまりではなくて一頁あまりだつたが、そんなことは如何だつて関はない! 此間の校正の時に、頁の順が入り乱れたりしてゐたので自分は、わざわざ終りまで訂正した番号数字を記入して渡したではないか! などゝ彼は、不平を洩した。
斯んなことで、肚をたてるなんか子供じみてゐるぢやないか! そんなに思つて彼は、つまらない苦笑を浮べたりしてゐるうちに、間もなく心から肚がたつてしまつた。
「斯んなところで、断ち切られて堪るものか、無責任にも程があるといふものだ。」
一、二、三! これは、その中では「私」となつてゐるが実際は彼自身である主人公が、独りで或る運動に取りかゝらうとしたハヅミの、てれ臭い掛け声なのである。
「チエツ!」と、彼は思はず顔を赤くして舌を鳴した。
一体彼の小説は、己れの痴想ばかりを厭にギリギリと綴り合せた態の文章だつたから、何処で断ち切らうと、或ひはまた如何続けようとも、大して効果に触れる程のものでもなかつたのだが、そんなことは彼は忘れてしまつて、大変に自尊心でも傷けられたやうな憤慨を感じたのである。
「何としても、一、二、三! が、結末ではやり切れない。……安価で、気障な技巧にさへ見えるではないか?」
彼は、反つて「自然の皮肉で――」などゝ思つた――自然の皮肉で、軽卒な思想の持主である己れを、巧みに冷笑されたやうな切なさを感じた。……つまらないことに興味を持つたり、愚かな心の戯れを美文調子に歌つたり、翻つて思へばどれもこれも鼻持のならない文句ばかりで――そして、この頃の何とかの苦しみとかも……皆な軽蔑に価する程の無用のことのやうに思つて、彼は、がつかりとしたのである。以前往々同人雑誌の友達などが、お前の小説は悪い意味で技巧的である、などゝ、批難されて、何の反す言葉もなかつた頃のことなどが、今更のやうに思ひに浮んだりした。
「偶然、こんなところで断ち切られた方が、反つて相当だつたのかも知れない、あの先の結末は一層気障な文章ぢやないか。」
彼は、ふとそんな馬鹿なことを思つて、間の抜けた笑ひを出した。それにしても、斯んな場合に、
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