むしろこの統一に由りて成立するといってよい、芸術の神来の如きものは皆この境に達するのである。また知的直観とは事実を離れたる抽象的一般性の直覚をいうのではない。画の精神は描かれたる個々の事物と異なれどもまたこれを離れてあるのではない。かつていったように、真の一般と個性とは相反する者でない、個性的限定に由りてかえって真の一般を現わすことができる、芸術家の精巧なる一刀一筆は全体の真意を現わすがためである。
知的直観を右の如く考えれば、思惟の根柢には知的直観なる者の横《よこた》わっていることは明《あきらか》である。思惟は一種の体系である、体系の根柢には統一の直覚がなければならぬ。これを小にしては、ジェームスが「意識の流」においていっているように、「骨牌《カルタ》の一束が机上にある」という意識において、主語が意識せられた時客語が暗に含まれており、客語が意識せられた時主語が暗に含まれている、つまり根柢に一つの直覚が働いているのである。余はこの統一的直覚は技術の骨と同一性質のものであると考える。またこれを大にしては、プラトー、スピノーザの哲学の如き凡て偉大なる思想の背後には大なる直覚が働いているのである。思想において天才の直覚というも、普通の思惟というもただ量において異なるので、質において異なるのではない、前者は新にして深遠なる統一の直覚にすぎないのである。凡ての関係の本には直覚がある、関係はこれに由りて成立するのである。我々がいかに縦横に思想を馳せるとも、根本的直覚を超出することはできぬ、思想はこの上に成立するのである。思想はどこまでも説明のできるものではない、その根柢には説明し得べからざる直覚がある、凡ての証明はこの上に築き上げられるのである。思想の根柢にはいつでも神秘的或者が潜んでいるのである、幾何学の公理の如きものすらこの一種である。往々思想は説明ができるが、直覚は説明ができぬというが、説明というのは更に根本的なる直覚に摂帰し得るという意味にすぎないのである。この思想の根本的直覚なる者は一方において説明の根柢となると同時に、単に静学的なる思想の形式ではなく一方において思惟の力となる者である。
思惟の根柢に知的直観があるように、意志の根柢にも知的直観がある。我々が或事を意志するというのは主客合一の状態を直覚するので、意志はこの直覚に由りて成立するのである。意志の進行とはこの直覚的統一の発展完成であって、その根柢には始終この直覚が働いている、而してその完成した所が意志の実現となるのである。我々が意志において自己が活動すると思うのはこの直覚あるの故である。自己といって別にあるのではない。真の自己とはこの統一的直覚をいうのである。それで古人も終日なして而も行《こう》せずといったが、もしこの直覚より見れば動中に静あり、為《な》して而も為さずということができる。またかく知と意とを超越し、而もこの二者の根本となる直覚において、知と意との合一を見出すこともできる。
真の宗教的覚悟とは思惟に基づける抽象的知識でもない、また単に盲目的感情でもない、知識および意志の根柢に横われる深遠なる統一を自得するのである、即ち一種の知的直観である、深き生命の捕捉である。故にいかなる論理の刃もこれに向うことはできず、いかなる欲求もこれを動かすことはできぬ、凡ての真理および満足の根本となるのである。その形は種々あるべけれど、凡ての宗教の本にはこの根本的直覚がなければならぬと思う。学問道徳の本には宗教がなければならぬ、学問道徳はこれに由りて成立するのである。
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第二編 実 在
第一章 考究の出立点
世界はこのようなもの、人生はこのようなものという哲学的世界観および人生観と、人間はかくせねばならぬ、かかる処に安心せねばならぬという道徳宗教の実践的要求とは密接の関係を持っている。人は相容れない知識的確信と実践的要求とをもって満足することはできない。たとえば高尚なる精神的要求を持っている人は唯物論に満足ができず、唯物論を信じている人は、いつしか高尚なる精神的要求に疑を抱くようになる。元来真理は一である。知識においての真理は直《ただち》に実践上の真理であり、実践上の真理は直に知識においての真理でなければならぬ。深く考える人、真摯なる人は必ず知識と情意との一致を求むるようになる。我々は何を為すべきか、何処に安心すべきかの問題を論ずる前に、先ず天地人生の真相は如何なる者であるか、真の実在とは如何なる者なるかを明《あきらか》にせねばならぬ。
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哲学と宗教と最も能く一致したのは印度《インド》の哲学、宗教である。印度の哲学、宗教では知即善で迷即悪である。宇宙の本体はブラハマン[#「ハ」は小書き] Brahman でブラハマン[#「ハ
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