てこの仮定がいわゆる客観と一致する時、これを^理と信ずるのである、即ち真理を知り得たのである。意志的動作においても、我は一の欲求を有っていても、直にこれが意志の決行となるのではない、これを客観的事実に鑒《かんが》み、その適当にして可能なるを知った時、始めて実行に移るのである。前者において我々は全然主観を客観に従えるが、後者においては客観を主観に従えるということができるであろうか。欲求は能《よ》く客観と一致することに因りてのみ実現することができる、意志は客観より遠ざかれば遠ざかる程無効となり、これに近づけば近づくほど有効となるのである。我々が現実と離れた高き目的を実行しようと思う場合には種々の手段を考え、これに因りて一歩一歩と進まねばならぬ、而してかく手段を考えるのは即ち客観に調和を求めるのである、これに従うのである、若し到底その手段を見出すことができぬならば、目的その者を変更するより外はなかろう。これに反し目的が極めて現実に近かった時には、飲食起臥の習慣的行為の如く、欲求は直に実行となるのである、かかる場合には主観より働くのではなく、かえって客観より働くとも見らるるのである。
 かく意志において全然客観を主観に従えるといえないように、知識において主観を客観に従えるとはいわれぬ。自己の思想が客観的真理となった時、即ちそが実在の法則であって実在はこれに由りて動くことを知った時、我は我理想を実現し得たということができぬであろうか。思惟も一種の統覚作用であって、知識的要求に基づく内面的意志である。我々が思惟の目的を達し得たのは一種の意志実現ではなかろうか。ただ両者の異なるのは、一は自己の理想に従うて客観的事実を変更し、一は客観的事実に従うて自己の理想を変更するにあるのである。即ち一は作為し一は見出すといってよかろう、真理は我々の作為すべき者ではなく、かえってこれに従うて思惟すべき者であるというのである。しかし我々が真理といっている者は果して全く主観を離れて存する者であろうか。純粋経験の立脚地より見れば、主観を離れた客観という者はない。真理とは我々の経験的事実を統一した者である、最も有力にして統括的なる表象の体系が客観的真理である。真理を知るとかこれに従うとかいうのは、自己の経験を統一する謂《いい》である、小なる統一より大なる統一にすすむのである。而して我々の真正な自己はこの統一作用その者であるとすれば、真理を知るというのは大なる自己に従うのである。大なる自己の実現である(ヘーゲルのいったように、凡ての学問の目的は、精神が天地間の万物において己《おのれ》自身を知るにあるのである)。知識の深遠となるに従い自己の活動が大きくなる、これまで非自己であった者も自己の体系の中に入ってくるようになる。我々はいつでも個人的要求を中心として考えるから、知識において所動的であるように感ぜられるのであるが、若しこの意識的中心を変じてこれをいわゆる理性的要求に置くならば、我々は知識においても能動的となるのである。スピノーザのいったように知は力である。我々は常に過去の運動表象の喚起に由りて自由に身体を動かし得ると信じている。しかし我々の身体も物体である、この点より見ては他の物体と変りはない。視覚にて外物の変化を知るのも、筋覚にて自己の身体の運動を感ずるのも同一である、外界といえば両者共に外界である。しかるに何故に他物とは違って、自己の身体だけは自己が自由に支配することができると考え得るのであろうか。我々は普通に運動表象をば、一方において我々の心像であると共に一方において外界の運動を起す原因となると考えているが、純粋経アの立脚地より見れば、運動表象に由りて身体の運動を起すというも、或予期的運動表象に直に運動感覚を伴うというにすぎない、この点においては凡て予期せられた外界の変化が実現せられるのと同一である。実際、原始的意識の状態では自己の身体の運動と外物の運動とは同一であったであろうと思う、ただ経験の進むにつれてこの二者が分化したのである。即ち種々なる約束の下に起る者が外界の変化と見られ、予期的表象にすぐに従う者が自己の運動と考えられるようになったのである。しかし固《もと》よりこの区別は絶対的でないのであるから、自己の運動であっても少しく複雑なる者は予期的表象に直に従うことはできぬ、この場合においては意志の作用は著しく知識の作用に近づいてくるのである。要するに、外界の変化といっている者も、その実は我々の意識界即ち純粋経験内の変化であり、また約束の有無ということも程度の差であるとすれば、知識的実現と意志的実現とは畢竟《ひっきょう》同一性質の者となってくる。或は意志的運動においては予期的表象は単にこれに先だつのでなく、其者《そのもの》が直に運動の原因となるのであるが、
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