あるといってもよい。具体的思惟より見れば、概念の一般性というのは普通にいうように類似の性質を抽象した者ではない、具体的事実の統一力である、ヘーゲルも一般とは具体的なる者の魂であるといっている(Hegel, Wissenschaft der Logik, III, S. 37)。而して我々の純粋経験は体系的発展であるから、その根柢に働きつつある統一力は直に概念の一般性その者でなければならぬ、経験の発展は直に思惟の進行となる、即ち純粋経験の事実とはいわゆる一般なる者が己自身を実現するのである。感覚或は聯想の如き者においてすら、その背後に潜在的統一作用が働いている。これに反し思惟においても統一が働く瞬間には、前にいったようにその統一自身は無意識である。ただ統一が抽象せられ、対象化せられた時、別の意識となって現われる、しかしこの時は已に統一の作用を失っているのである。純粋経験とは単一とか所動的とかいう意味ならば思惟と相反するでもあろうが、経験とはありのままを知るという意ならば、単一とか所動的とかいうことはかえって純粋経験の状態とはいわれない、真に直接なる状態は構成的で能動的である。
我々は普通に思惟に由りて一般的なる者を知り、経験に由りて個体的なる者を知ると思うている。しかし個体を離れて一般的なる者があるのではない、真に一般的なる者は個体的実現の背後における潜勢力である、個体の中にありてこれを発展せしむる力である、たとえば植物の種子の如き者である。もし個体より抽象せられた他の特殊と対立する如き者ならば、そは真の一般ではなくして、やはり特殊である、かかる場合では一般は特殊の上に位するのではなく、これと同列にあるのである、たとえば、色ある三角形について、三角形より見れば色は特殊であるであろうが、色より見れば三角は特殊である。かくの如き抽象的で無力なる一般ならば推理や綜合の本となることはできぬ。それで思惟の活動において統一の本たる真に一般なる者は、個体的現実とその内容を同じうする潜勢力でなければならぬ、ただその含蓄的なると顕現的なるとに由りて異なっているのである。個体とは一般的なる者の限定せられたのである。個体と一般との関係を斯《かく》の如く考えると、論理的にも思惟と経験との差別がなくなってくる。我々が現在の個体的経験といっている者も、その実は発展の途中にある者と見ることができる、即ちなお精細に限定せらるべき潜勢力を有っているのである。たとえば我々の感覚の如き者でもなお分化発展の余地があるのであろう、この点より見てなお一般的となすこともできる。これに反し一般的の者でも、発展をその処にかぎって見れば、個体的ということもできるであろう。普通には空間時間の上において限定せられた者をのみ個体的と称えている、しかしかかる限定は単に外面的である、真の個体とはその内容において個体的でなければならぬ、即ち唯一の特色を具えた者でなければならぬ、一般的なる者が発展の極処に到った処が個体である。この意味より見れば、普通に感覚或は知覚といっているような者は極めて内容に乏しき一般的なるもので、深き意味に充ちたる画家の直覚の如き者がかえって真に個体的といいうるであろう。凡て空間時間の上より限定せられた単に物質的なる者を以て、個体的となすのはその根柢において唯物論的独断があるであろうと思う。純粋経験の立脚地より見れば、経験を比較するにはその内容を以てすべきものである。時間空間という如き者もかかる内容に基づいてこれを統一する一つの形式にすぎないのである。或はまた感覚的印象の強く明なることと、その情意と密接の関係をもつことなどェこれを個体的と思わしめる一原因でもあろうが、いわゆる思想の如きも決して情意に関係がないのではない。強く情意を動かす者が特に個体的と考えられるのは、情意は知識に比して我々の目的その者であり、発展の極致に近いからであると思う。
これを要するに思惟と経験とは同一であって、その間に相対的の差異を見ることはできるが絶対的区別はないと思う。しかし余はこれが為に思惟は単に個人的で主観的であるというのではない、前にもいったように純粋経験は個人の上に超越することができる。かくいえば甚だ異様に聞えるであろうが、経験は時間、空間、個人を知るが故に時間、空間、個人以上である、個人あって経験あるのではなく、経験あって個人あるのである。個人的経験とは経験の中において限られし経験の特殊なる一小範囲にすぎない。
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第三章 意 志
余は今純粋経験の立脚地より意志の性質を論じ、知と意との関係を明《あきらか》にしようと思う。意志は多くの場合において動作を目的としまたこれを伴うのであるが、意志は精神現象であって外界の動作とは自ら別物である。動作は必ずしも意志
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