もできぬ、全く知識の対象となることはできぬ。一切はこれに由りて成立するが故に能く一切を超絶している。黒にあうて黒を現ずるも心は黒なるのではない、白にあうて白を現んずるも心は白なるのではない。仏教はいうに及ばず、中世哲学においてディオニシュース Dionysius 一派のいわゆる消極的神学が神を論ずるに否定を以てしたのもこの面影を写したのである。ニコラウス・クザヌスの如きは神は有無をも超越し、神は有にしてまた無なりといっている。我々が深く自己の意識の奥底を反省してみる時はかつてヤコブ・ベーメが、神は「物なき静さ」であるとか、「無底」 Ungrund であるとかまたは「対象なき意志」 Wille ohne Gegenstand であるとかいった語に深き意味を見出すこともでき、また一種崇高にして不可思議の感に打たれるのである。その他神の永久とか遍在とか全知全能とかいうようのことも、皆この意識統一の性質より解釈せねばならぬ。時間、空間は意識統一に由って成立するが故に、神は時間、空間の上に超絶し永久不滅にして在らざる所なしである。一切は意識統一に由りて生ずるが故に、神は全知全能であって知らぬ所もなく能《あた》わぬ所もない、神においては知と能と同一である。
然らば右の如き絶対無限なる神とこの世界との関係は如何なるものであろうか。有を離れたる無は真の無でない、一切を離れたる一は真の一でない、差別を離れたる平等は真の平等でない。神がなければ世界はないように、世界がなければ神もない。固《もと》よりここに世界というのは我々のこの世界のみをさすのではない。スピノーザのいったように神の属性 attributes は無限であるから、神は無限の世界を包含しておらねばならぬ。ただ世界的表現は神の本質に属すべきものであって決してその偶然的作用ではない、神はかつて一度世界を創造したのではなく、その永久の創造者である(ヘーゲル)。要するに神と世界との関係は意識統一とその内容との関係である。意識内容は統一に由って成立するが、また意識内容を離れて統一なる者はない。意識内容とその統一とは統一せられる者とする者との二あるのではなく、同一実在の両方面にすぎないのである。すべて意識現象はその直接経験の状態においてはただ一つの活動であるが、これを知識の対象として反省することに由ってその内容が種々に分析せられ差別せられるのである。もしその発展の過程よりいえば、先ず全体が一活動として衝動的に現われたものが矛盾衝突に由ってその内容が反省せられ分別せられたのである。余はここにおいてもベーメの語を想い起さずにはいられない。氏は対象なき意志ともいうべき発現以前の神が己《おのれ》自身を省みること即ち己自身を鏡となすことに由って主観と客観とが分れ、これより神および世界が発展するといっている。
元来、実在の分化とその統一とは一あって二あるべきものではない。一方において統一ということは、一方において分化ということを意味している。たとえば樹において花はよく花たり葉はよく葉たるのが樹の本質を現わすのである。右の如き区別は単に我々の思想上のことであって直接的なる事実上の事ではないのである。ゲーテが「自然は核も殻も持たぬ、すべてが同時に核であり殻である」 Natur hat weder Kern noch Schale, alles ist sie mit einem Male. といったように、具体的真実在即ち直接経験の事実においては分化と統一とは唯一の活動である。たとえば一幅の画、一曲の譜において、その一筆一声いずれも直《ただち》に全体の精神を現わさざるものはなく、また画家や音楽家において一つの感興である者が直に溢れて千変万化の山水となり、紆余《うよ》曲折の楽音ともなるのである。斯《かく》の如き状態においては神は即ち世界、世界は即ち神である。ゲーテが「エペソ人のディヤナは大なるかな」といえる詩の中にいったように、人間の脳中における抽象的の神に騒ぐよりは、専心ディヤナの銀龕《ぎんがん》を作りつつパウロの教を顧みなかったという銀工の方が、或意味においてかえって真の神に接していたともいえる。エッカルトのいったように神すらも失った所に真の神を見るのである。右の如き状態においては天地ただ一指、万物我と一体であるが、曩《さき》にもいったように、一方より見れば実在体系の衝突により、一方より見ればその発展の必然的過程として実在体系の分裂を来すようになる、即ちいわゆる反省なる者が起って来なければならぬ。これに由って現実であった者が観念的となり、具体的であった者が抽象的となり、一であった者が多となる。ここにおいて一方に神あれば一方に世界あり、一方に我あれば一方に物あり、彼此《ひし》相対し物々相背くようになる。我らの
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