為というのは、外面から見れば肉体の運動であるが、単に水が流れる石が落つるというような物体的運動とは異なっている。一種の意識を具えた目的のある運動である。しかし単に有機体において現われる所の目的はあるが全く無意識である種々の反射運動や、稍《やや》高等なる動物において見るような目的あり且つ多少意識を伴うが、未だ目的が明瞭に意識されて居らぬ本能的動作とも区別せねばならぬ。行為とは、その目的が明瞭に意識せられている動作の謂《いい》である。我々人間も肉体を具えているからは種々の物体的運動もあり、また反射運動、本能的動作もなすことはあるが、特に自己の作用というべき者はこの行為にかぎられているのである。
この行為には多くの場合において外界の運動即ち動作を伴うのであるが、無論その要部は内界の意識現象にあるのであるから、心理学上行為とは如何なる意識現象であるかを考えて見よう。行為とは右にいったように意識されたる目的より起る動作のことで、即ちいわゆる有意的動作の謂である。但し行為といえば外界の動作をも含めていうが、意志といえば主として内面的意識現象をさすので、今行為の意識現象を論ずるということは即ち意志を論ずるということになるのである。さて意志は如何にして起るか。元来我々の身体は大体において自己の生命を保持発展する為に自ら適当なる運動をなすように作られて居り、意識はこの運動に副うて発生するので、始は単純なる苦楽の情である。然るに外界に対する観念が次第に明瞭となり且つ聯想作用が活溌になると共に、前の運動は外界刺戟に対して無意識に発せずして、先ず結果の観念を想起し、これよりその手段となるべき運動の観念を伴い、而して後運動に移るという風になる、即ち意志なる者が発生するのである。夫《それ》で意志の起るには先ず運動の方向、意識上にていえば聯想の方向を定むる肉体的若しくは精神的の素因というものがなければならぬ。この者は意識の上には一種の衝動的感情として現われてくる。こはその生受的なると後得的なるとを問わず意志の力とも称すべき者で、爰《ここ》にこれを動機と名づけて置く。次に経験に由りて得、聯想に由りて惹起せられたる結果の観念即ち目的、詳しくいえば目的観念という者が右の動機に伴わねばならぬ。この時漸く意志の形が成立するので、これを欲求と名づけ、即ち意志の初位である。この欲求がただ一つであった時には運動の観念を伴うて動作に発するのであるが、欲求が二つ以上あった時にはいわゆる欲求の競争なる者が起って、そのうち最も有力なる者が意識の主位を占め、動作に発するようになる。これを決意という。我々の意志というのはかかる意識現象の全体をさすのであるが、時には狭義においてはいよいよ動作に移る瞬間の作用或は特に決意の如き者をいうこともある。行為の要部は実にこの内面的意識現象たる意志にあるので、外面の動作はその要部ではない。何らかの障碍の為め動作が起らなかったとしても、立派に意志があったのであればこれを行為ということができ、これに反し、動作が起っても充分に意志がなかったならばこれを行為ということはできぬ。意識の内面的活動が盛になると、始より意識内の出来魔?レ的とする意志が起ってくる。かかる場合においても勿論行為と名づけることができる。心理学者は内外というように区別をするが意識現象としては全然同一の性質を具えているのである。
右に述べたところは単に行為の要部たる意志の過程を記載したのにすぎないから、今一歩を進んで、意志は如何なる性質の意識現象で、意識の中において如何なる地位を占める者であるかを説明して見よう。心理学から見れば、意志は観念統一の作用である。即ち統覚の一種に属すべき者である。意識における観念結合の作用には二種あって、一つは観念結合の原因が主として外界の事情に存し、意識においては結合の方向が明《あきらか》でなく、受動的と感ぜらるるので、これを聯想といい、一つは結合の原因が意識内にあり、結合の方向が明に意識せられており、意識が能動的に結合すると感ぜらるるので、これを統覚という。然るに右にいったように、意志とは先ず観念結合の方向を定むる目的観念なる者があって、これより従来の経験にて得たる種々の運動観念の中について自己の実現に適当なる観念の結合を構成するので、全く一の統覚作用である。斯く意志が観念統一の作用であるということは、欲求の競争の場合において益々明となる。いわゆる決意とはこの統一の終結にすぎないのである。
然らばこの意志の統覚作用と他の統覚作用とは如何なる関係において立ちおるのであるか。意志の外に思惟、想像の作用も同じく統覚作用に属している。これらの作用においても或統一的観念が本となって、これよりその目的に合うように観念を統一するので、観念活動の形式においては全く意志
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