という。現に今日の動植物の中に一定不変の典型がある。氏はこの説に基づいて、凡て生物は進化し来ったものであることを論じたのである。
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然らば自然の背後に潜める統一的自己とは如何なる者であるか。我々は自然現象をば我々の主観と関係なき純客観的現象であると考えているが故に、この自然の統一力も我々の知り得べからざる不可知的或者と考えられている。しかし已に論じたように、真実在は主観客観の分離しないものである、実際の自然は単に客観的一方という如き抽象的概念ではなく、主客を具したる意識の具体的事実である。従ってその統一的自己は我々の意識と何らの関係のない不可知的或者ではなく、実に我々の意識の統一作用その者である。この故に我々が自然の意義目的を理会するのは、自己の理想および情意の主観的統一に由るのである。たとえば我々が能く動物の種々の機関および動作の本に横《よこた》われる根本的意義を理会するのは、自分の情意を以て直にこれを直覚するので、自分に情意がなかったならば到底動物の根本的意義を理会する事はできぬ。我々の理想および情意が深遠博大となるに従って、いよいよ自然の真意義を理会することができる。これを要するに我々の主観的統一と自然の客観的統一力とはもと同一である。これを客観的に見れば自然の統一力となり、これを主観的に見れば自己の知情意の統一となるのである。
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物力という如き者は全く吾人の主観的統一に関係がないと信ぜられている。勿論これは最も無意義の統一でもあろう、しかしこれとても全然主観的統一を離れたものではない、我々が物体の中に力あり、種々の作用をなすということは、つまり自己の意志作用を客観的に見たのである。
普通には、我々が自己の理想または情意を以て自然の意義を推断するというのは単に類推であって、確固たる真理でないと考えられている。しかしこは主観客観を独立に考え、精神と自然とを二種の実在となすより起るのである。純粋経験の上からいえば直にこれを同一と見るのが至当である。
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第九章 精 神
自然は一見我々の精神より独立せる純客観的実在であるかのように見ゆるが、その実は主観を離れた実在ではない。いわゆる自然現象をばその主観的方面即ち統一作用の方より見れば凡《すべ》て意識現象となる。たとえばここに一個の石がある、この石を我々の主観より独立せる或不可知的実在の力に由りて現じた者とすれば自然となる。しかしこの石なる者を直接経験の事実として直《ただち》にこれを見れば、単に客観的に独立せる実在ではなく、我々の視覚触覚等の結合であって、即ち我々の意識統一に由って成立する意識現象である。それでいわゆる自然現象をば直接経験の本に立ち返って見ると、凡て主観的統一に由って成立する自己の意識現象となる。唯心論者が世界は余の観念なりというのはこの立脚地より見たのである。
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我々が同一の石を見るという時、各人が同一の観念を有《も》っていると信じている。しかしその実は各人の性質経験に由って異なっているのである。故に具体的実在は凡て主観的個人的であって、客観的実在という者はなくなる。客観的実在というのは各人に共通なる抽象的概念にすぎない。
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然らば我々が通常自然に対して精神といっている者は何であるか。即ち主観的意識現象とは如何なる者であるか、いわゆる精神現象とはただ実在の統一的方面、即ち活動的方面を抽象的に考えたものである。前にいったように、実在の真景においては主観、客観、精神、物体の区別はない、しかし実在の成立には凡て統一作用が必要である。この統一作用なる者は固《もと》より実在を離れて特別に存在するものではないが、我々がこの統一作用を抽象して、統一せらるる客観に対立せしめて考えた時、いわゆる精神現象となるのである。たとえば爰《ここ》に一つの感覚がある、しかしこの一つの感覚は独立に存在するものではない、必ず他と対立の上において成立するのである、即ち他と比較し区別せられて成立するのである。この比較区別の作用即ち統一的作用が我々のいわゆる精神なる者である。それでこの作用が進むと共に、精神と物体との区別が益々著しくなってくる。子供の時には我々の精神は自然的である、従って主観の作用が微弱である。然るに成長するに従って統一的作用が盛になり、客観的自然より区別せられた自己の心なる者を自覚するようになるのである。
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普通には我々の精神なる者は、客観的自然と区別せられたる独立の実在であると考えている。しかし精神の主観的統一を離れた純客観的自然が抽象的概念であるように、客観的自然を離れた純主観的精神も抽象的概念である。統
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