閨A本質が存在である(essentia=existentia)。かかる実在の立場から無限の当為が出て来るのである。我々の自己が唯一的に個となればなるほど、自己自身を限定する事として、絶対の当為に撞着《どうちゃく》するのである。あるいは我々の自己の自覚を離れて、単なる物の知識、単なる物の存在というものもあるではないかといわれるかも知れない。しかしそれらの基礎附けも、深く考えれば考えるほど、かつてデカルトが試みた如く自覚からでなければならない。
 哲学の問題は、如何《いか》にして純粋数学、純粋物理学が可能なるかというに始まるのでもなく、単に知識がある、知識は如何にしてというに始まるのでもない。科学というも、歴史的世界において発展し来ったものである。認識論者が知るという時、既に対象認識の意味に限定しているのである。知る者そのものは既に除去せられているのである。しかし知るものなくして知るということは考えられない。此《ここ》に深い矛盾がある、問題がある。しかも一度対象認識の立場に立った以上、何処《どこ》までも知るというものは視野に入って来ない。実在界とはいわゆる認識形式に当嵌《あてはま》ったもののみである。知られたものである、知るものではない。私は古来の伝統の如く、哲学は真実在の学と考えるものである。それはオントース・オンの学、オントロギーである。そこに哲学の本質があるのである。哲学は、その立場から、種々なる問題を考えるのである。知識を論ずるのが知識哲学であり、道徳を論ずるのが道徳哲学である。批評哲学とは知識に対する深い反省である。この故にそれは哲学である。それは知識と真実在との深刻なる対決である。しかし真実在の問題は不可知的なる物自体の問題として捨てられた。問題を打ち切ってしまえばそれまでであるが、そこに多く問題が残されているといわざるを得ない。哲学は主観主義的となった。無論それを心理主義的というのではないが、知識の客観性といっても、認識主観の当為に立っているのである。真実在を論ずるものは、形而上学的として排斥せられてしまった。
 然らば真実在とは如何なるものであろうか。それは先ずそれ自身に於《おい》てあるもの、自己の存在に他の何物をも要せないものでなければならない(デカルト哲学の substance)。しかし真にそれ自身によってあるものは、自己自身において他を含むもの、自己否定を含むものでなければならない。一にして無限の多を含むものでなければならない、即ち自ら働くものでなければならない。然らざれば、それは自己自身によってあるものとはいわれない。自己自身によって動くもの、即ち自ら働くものは、自己自身の中に絶対の自己否定を包むものでなければならない。然らざれば、それは真に自己自身によって働くものではない。何らかの意味において基底的なるものが考えられるかぎり、それは自ら働くものではない。自己否定を他に竢《ま》たなければならない。何処までも自己の中に自己否定を含み、自己否定を媒介として働くものというのは、自己自身を対象化することによって働くものでなければならない。表現するものが表現せられるものであり、自己表現的に働く、即ち知って働くものが、真に自己自身の中に無限の否定を含み、自ら動くもの、自ら働くものということができる。
 私は此《ここ》からして自《おのずか》ら真実在というものが如何にして我々に求められるかという哲学的方法が出て来ると思う。それはかつてデカルトが『省察録』において用いた如く、懐疑による自覚である、meditari である(野田又夫『デカルト』)。それは徹底的な否定的分析でなければならない。彼は『省察録』の第二答弁において証明 〔de'montrer〕 の仕方に二通りあるという。一つは分析 〔analyse ou re'solution〕 であり、一つは綜合 〔synthe`se ou composition〕 である。分析とは、物が方法的に見出され、如何に果が因に因《よ》るかを見る方法である。読者はそれに従って、注意深く、含まれたる凡《すべ》てに目を注ぐならば、あたかも自分が見出した如く完全に証明せられ、理解せられる方法である。綜合というのは、これに反し定義、要請、公理等の過程によって結論を証明する、いわゆる幾何学的方法である。而《しか》して彼は彼の『省察録』において専《もっぱ》ら分析的方法を取ったという。何となれば、幾何学においては、その根本概念が感官的直観と一致するが故に、それは何人にも受入れられるが、形而上学的問題においては、最始の根本概念を明晰《めいせき》に判明に把握することが困難なのである。本来の性質からは、それは幾何学のものよりも、一層明晰なものなのであるが、我々が感官から得た、幼時から馴《なら》された、種々なる先
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