ネ《ゆえん》である。
真に自己自身によってあり、自己自身を限定するものは、それ自身に於《おい》てあり、それ自身によって理解せられるのみならず、自己自身を理解するもの、自覚するものでなければならない。然《しか》らざれば、それは我々の自己に対立するもの、対象的有たるに過ぎない。コーギトー・エルゴー・スムといって、外に基体的なるものを考えた時、彼は既に否定的自覚の途《みち》を踏み外《はず》した、自覚的分析の方法の外に出たと思う。無論それはスピノザのいう如く一つの命題としてスム・コギタンスとしても、問題はこのスムになければならない。我々の自己自身を、デカルトの如き意味において一つの実体と考えるならば、それにおいての内的事実として、いわゆる明晰《めいせき》判明なる真理も、主観的たるを免れない。デカルトも明《あきらか》にこれを意識した。数学的真理の如きも魔の仕事かも知れないとまで考えた。彼は遂に知識の客観性を、神の完全性に、神の誠実性に求めた。デカルトのかかる考といい、ライプニッツの予定調和といい、時代性とはいえ、鋭利なる頭脳に相応《ふさわ》しからざることである。デカルトの如く我々の自己を独立の実体と考える時、神の存在との間に矛盾を起さざるを得ない。デカルトは「第三省察」において神の存在を論じた。これは結果による証明といわれる。一つは我々の自己に於《おい》てある神の観念の原因を考えることからであり、一つは我々の自己の存在の原因を求めることからである。無から何物も生ぜない。しかも有限なる自己の内に無限なる神の観念の原因は求められない。また現在の自己の内に次の瞬間への自己の存続の原因は求められない。そこに創造的なるものが働かねばならない。かかる原因として我々は神の存在を認めねばならないという。しかし斯《か》く考える時、自己はそれ自身によってある実在ではない。それ自身によってある実在は、神のみでなければならない。それとともに我々の自己の独立性は失われて、我々の自覚は消されてしまわなければならない。而《しか》して神は我々の自己に神秘的原因たるを免れない。一体、デカルト哲学において原因というのは、自己自身によってあり、自己自身によって限定するものとして、スピノザのカウザ・スイという如きものであると思う。本質即存在、存在即本質の根柢という意義でなければならない。それには先ず本質と存在との関係が究明せられねばならない。
デカルトは「第五省察」において再び神の存在問題に触れている。そこでは認識論的である。明晰にして判明なるものが真である。神の存在ということは、少くとも数学的真理が確実であると同じ程度において自分に確実である。然るに三角形の三つの角の和が二直角であるということが、三角形の本質から離すことができない如くに、神の存在ということは、神の本質から離すことはできぬ。存在ということの欠けた最高完全者というものを考えることは、谷のない山を考える如く自己|撞着《どうちゃく》である。故に神は存在する。而して完全無欠なる神は欺かない。そこから我々の自己において明晰判明なる知識の客観性を基礎附けるのである。最高完全者としての神の観念は存在を含むという神の存在の証明は、百円の観念は百円の金貨ではないという如きを以て一言に排斥すべきではない。神はカント哲学の形式によって実在するというのではない。実在の根柢を何処《どこ》までも論理的に考える時、私は「最高完全者は存在する」という理由も出て来ると思う(Leibniz,“Quod Ens Perfectissimum existit.”)。しかし神の誠実性を以て知識の客観性を基礎附けるという如きは、何らの論理性を有《も》たない。主語的論理の破綻《はたん》を示すものである。明晰にして判明なるものは、それ自身によって理解せられるもの、十全なる知識として、真にあるものでなければならない。神はそれ自身を表現するものである。我々の観念が神を原因とするかぎり明晰判明である、十全である。要するにコーギトー・エルゴー・スムから出立したデカルト哲学は、スピノザに至らなければならない。「すべてあるものは神に於《おい》てあり、神なくして、何物もあることも、理解せられることもできない」(Ethica. Prop. 15 p. 1)というに至って極まるのである。スピノザ哲学は、デカルトの実体から出立して、その主語的論理の極に達したものということができる。此《ここ》に至って、全然我々の自己の独自性は失われて、我々は実体の様相となった。我々は神の様相としてコーギトーするのである。我々の観念が神に於《おい》てあるかぎり、我々は知るのである。斯くして我々の自己の自覚が否定せられるとともに、神は対象的存在として我々の自覚の根柢たる性質を失った。最も具体的
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