ある、塔の宝を見極めるが密旨の第一、罪人を突き留めるが同じく第二、シテ其の第三は何であろう、確か密旨が三個ある様な口振りで有った、第一第二は既に届いたも同じ事、第三の何とも未だ知れぬ密旨も果たして届く事で有ろうかと、余は世話しい中にも此の様な思案の浮かぶのを禁じ得なんだ。
秀子は猶も夢中の様で言葉を継いだ。「此の天罰が何の様に彼の身に降り下ったとお思いなさる、私の目には面前《まのあた》り見る様に分ります、先年彼が養母お紺を殺したのは丁度此の塔の時計が夜の十二時を打った時でした、私が時計の音に目を覚まし、寝返りをして居ると此の室から養母の叫び声が聞こえたのです、それで私が馳せ上って来たのです、彼は其の後も此の時計の十二時を聞く度に其の夜の事を思い出すと見え、顔に恐れの色を浮かべます、彼が根西夫人に連れられ初めて此の家の宴会に来ましたとき、彼が挨拶の中途で言葉を留め、我知らず指を折って時計の音を数えた事は定めし貴方も御存じでしょう、彼は何故に時計の音が十一で止んだのを見て安心の色を浮かべました、十二時かと思ったのが未だ十二時より一時間前だと分った為漸く其の神経が鎮まったのです、彼若し養母を殺した本人ならずば十二時の音を斯うも恐るる筈は有りません、其の後彼は此の家へ出入し悪人同志は懇意と為るも早いと見え、虎井夫人と懇意に成りました、アノ夫人は兼ねて私が此の塔の秘密を解くに心を注いで居る事を知り、塔の宝を取り出したなら其の割前に与《あずか》る積りで兄の穴川甚蔵等と様々に私を威して居たのですが、其の威しの利かぬ為果ては自分で取り出すと云う非望を起し、遂に図※[#「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、205−下12]を盗み取り兄の許へ送った事は貴方が御存じの通りです、けれど一昨夜貴方が権田時介へお話の通り、兄も貴方に攻められて思う仕事が出来ぬ事と為りましたから、妹虎井夫人は兄の代りに高輪田長三を抱き込む気に成り、長三へ秘密を打ち明けたのです、長三は塔の底に宝が有るなどと昔は信じませんでしたが、夫人の言葉で信ずる事に成りました、それは此の頃彼と、虎井夫人とが折々|密々《ひそひそ》話などして居た様子で私が見て取りました、彼全く虎井夫人と同じ気に成り、夜更けて人の寝鎮まるを待ち、自分の力で塔の秘密が解ける様に思い、貴方が此の家へ帰った事を知らず留守の間に仕事をする積りで昨夜此の室へ忍び込んだのが此の通り天罰を受ける元に成ったのです」
理を推し情を尋ねて云う言葉、一々に順序あり脈絡あり、そうでなしと争う可き余地もない程に述べ来るは全く熱心の迸《ほとば》しりて知らず知らず茲に至る者と見える、余は唯聞き惚れて一言をも挿《さしは》さまぬ、秀子「此の室へ来て貴方の書類を探したり咒語の意味を考えたりする為に、自分で戸を〆切ったのですが、何うか云う事で虎井夫人の彼の狐猿が紛れ込み一緒に閉じ込められたのです、爾とも知らず彼様々に思案して居るうち直ぐに自分の頭の上で、時計が十二時を打ち、昔お紺婆を殺した時と同じ様に聞こえましたから、彼は必ず神経を騒がせました、其の時宛も室の隅か何所かで狐猿が異様な物音をさせたのでしょう、彼が何れほど驚いたかは茲に燃えさしの蝋燭が消えて居るのでも分ります、彼手燭を持って立ち上がらんとし其のまま取り落したのです、或いは其のとき彼の紊《みだ》れて居る神経へお紺婆の死に際の顔でも浮かんだかも知れません、彼は狼狽の余り怪物と思って狐猿を攫《つか》むか何うかしたのでしょう、狐猿も死に物狂いに彼の頬を掻き彼の手に噛み附いたのは此の有様で分って居ます」
爾すれば昨夜十二時の打った後で、余が二度までも異様な悲鳴の声を聞いたは、確かに狐猿の声と彼の叫びとの混じたので有っただろう、秀子の考えに寸分の相違はない、秀子「真暗の処に入れば唯の人さえ恐れを生じますのに況《ま》して彼は自分が養母を殺した此の室に入り、手燭は消え時計の響きは残り、何んとも知れぬ狐猿は騒ぎ廻りますから、必ず逃げ出そうとして戸などを探りましても彼の知って居た頃とは此の室の案内も違い、暗闇で仲々戸を開けられる者では有りません、それに狐猿は或る国では雷獣とも名づけられて居るほどで、雷の鳴る時は甚《いた》く電気を感じ全く発狂の体と為るとも申しますゆえ、定めし散々に荒れ廻り彼の前、彼の背後などから飛び附いたり躍り掛かったりしたのでしょう、彼は子供の折から心臓に異状が有り、殊に此の頃は其の発病の為、若し甚く身体や心を動かしては心臓破裂に為るとて医師に誡められて居るほどゆえ、其の騒ぎに遂に此の通り死んだのでしょう、彼の仕業の為私が手の肉を噛み取られた此の室で、夜の同じ刻限に彼自ら狐猿に悩まされ所々を噛み切られて爾して最期を遂げるとは是が天の裁判では有りませんか、丸部さ
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