実子を一人儲けました、其の実子は父から宝の事を聞いては居ますけれど、何所に何う成って在るかは知らず、是も我子に宝の行方を詮索せよと遺言して死に、其ののち代々子も孫も唯宝の行方を尋ねるのみを生涯の目的とし子々孫々同じ様で暮しましたが、遂に此の塔を立てた人の世と為り、漸く僧侶の仕業で水の底へ沈んで居る事を調べ上げました「妖※[#「※」は「かみがしらの下に几」、読みは「こん」、197−上6]奪い去りて、夜水竜哭す」とは即ち僧侶が水底に沈めた事を指したのでしょう「言《ここ》に湖底を探って、家珍※[#「※」は「きへん+賣」、読みは「とく」、197−上7]に還る」と有るので、遂に其の人が湖水の中から其の宝を取り出した事が分るでは有りませんか」
成るほど爾う聞いて見れば咒語の意味は実に明白である、今まで無意味の文字と云われ、或いは狂人が囈言《たわごと》を記したに過ぎぬなどと笑われた彼の咒語は、其の実苦心惨憺の余に成った者で、之を作った当人は一字一字に心血を注いだに違いない、余は之まで聞いて、思わず目の覚めた様な気がして、腹の中に彼の咒語を誦しつつシテ「逆焔仍熾なり、深く諸を屋に蔵す」とは何の意味ですと問い掛けた。
秀子は事もなげに「其れが此の塔を立てた事を指すのでしょう、記録も色々に成っていて、諸説|区々《まちまち》と云う有様で確かに斯うと断言は出来ませんが、私の最も確実と云うのは此の塔を建てた時代が丁度|閣竜英《くろんうぇる》の革命の時で有っただろうと思います、此の革命と前に宝を盗まれた時の内乱とは二百六七十年ほど時代も違い事柄も違って居ますけれど「逆焔仍熾なり」とは逆徒の勢が仲々盛んだとは閣竜英の徒を指したのでしょう、閣竜英の改革は御存じの通り千六百四十年代の事ですから今より凡そ二百五十年以前です爾すれば此の塔の年齢も今は三百五十歳ほどに当るのです、世間では数千年を経た塔だと云いますけれど爾うは経て居ぬのです、若し其の時に宝が水の底から出たなどと分れば閣竜英に没取せられる事は無論ですから、何うか之を無事に隠して置きたいと云うので此の様な塔を立て、爾して暗に自分の子孫へ知らせる様に、咒語を作ったのです「深く諸を屋に蔵す」との語の中に、深く塔の底へ蔵めて置くと云う意味が見えて居るでは有りませんか」
第百十三回 人生の沙漠
是だけの説明を聞いて見れば最早咒語の意味は疑う隙間がない、読者は覚えて居るだろうけれど茲に其の全文を再録せん。
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明珠百斛、王錫嘉福、妖※[#「※」は「かみがしらの下に几」、読みは「こん」、197−下9]偸奪、夜水竜哭、言探湖底、家珍還※[#家珍還※「※」は「きへん+賣」、読みは「とく」、197−下10]、逆焔仍熾、
深蔵諸屋、鐘鳴緑揺、微光閃※[#微光閃※「※」は、へんが「火」、つくりが「日」の下に「立」、読みは「よく」、197−下11]、載升載降、階廊迂曲、神秘攸在、黙披図※[#黙披図※「※」は「たけかんむりの下にかねへんの碌」、読みは「ろく」、197−下12]、
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全く此の家の先祖が国王より賜わった莫大の宝物を此の塔へ隠して置いて、爾して其の旨を子孫へ暁らせる為に作ったのである、先祖代々此の家の当主が相続の時に必ず咒語を暗誦せねば成らぬ事に成って居た仔細も分る、此の塔の底なる、今余と秀子との立って居る此の室に其の宝が隠れて居るのだ。
秀子は説き終って「此の咒語を解き明して宝を取り出す道を開いたのが、私の密旨の一部です、一部だけでも仕遂げたのは未だしもの幸いゆえ、之を父上と貴方とへの万一の御恩返しと致します」斯う云って未練もなく立ち上った、之で全く此の所を、イヤ此の家を立ち去る積りと見える、余は再び叫んだ「貴女は先刻私が、貴女の身に掛かる濡衣が総て晴れる事と成ったと云ったのを何とお聞きでした、昔の汚名も新しい疑いも悉く無実であると云う事が明白に分る事と為って居ますのに」誠ならば嬉しやとの心、顔には現われねど、何所にか動き立つ様に見えた、秀子「誰れが其の無実と云う事を証明して呉れますか」余「夫は権田時介が」秀子は唯怪訝に、「ヘエ」と云った儘だ。
余は自惚かも知れぬけれど「私が証明します」と答えたなら秀子が定めし喜んだで有ろうけれど、権田時介が証明するとでは余り嬉しくないと見え、確かに失望の様が見えた、爾して「でも権田さんは其れを証明する代りに何うせよとか斯うせよとか報酬の様に何か条件を附けるのでしょう」其れは勿論である、救うて遣る代りに己の妻と為れと云うのが彼の唯一の目的である、けれど決して妻に成らねば救わぬと云うではない、又救うた報酬に無理に妻にしようと云うでもない、唯救うて遣って其の上に猶及ぶ丈の親切を盡したなら其のうち
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