きとも違って美しさは非常に美しく、爾して而も凛として侵し難い風采も見える、何でも一方ならぬ事柄を言い出す決心に違いない。
 秀子の言葉は、先ず「父上」と呼び掛ける声に始まった、日頃呼ぶ父上との言葉より又一種の深い心情が洩れて居る。
「父上、私こそ偽りの身を以て此の家に入り込んで居たのです、ハイ全く皆様を欺いて居たのも同じ事で、早くお詫びをする時が来れば好いと心にそれのみを待って居ましたが、今は私が輪田夏子で有ると云う事の分ったと共に、人殺しなど云う恐ろしい罪を犯した者でない事も分り、云わば誰に恥じるにも及ばぬ潔白の身と為りましたから、之がお詫びの時だろうと思います、ハイ兼ねて私は我が心に誓って居ました、此の身の潔白が分れば好し、若し分らずばそれを分らせる為に此の世と戦いながら死ぬる者と、ハイ死ぬ迄も自分の本統の素性、本統の身分姓名は打ち明けずに終ろうと」
 本統の素性、姓名は即ち輪田夏子で有るのに斯う聞けば猶此の奥に、別に本統の素性、姓名が有るのかと怪しまれる、斯う思うて聞くうちに秀子の声は、細けれど益々明らかな音調を帯びて来る人間の声ではなく殆ど天の音楽の声である「私は之が為に、今まで若い女の着る様な美しい着物は被ず、世に日影色と云われる墨染の服を着け、自分で日影より出ぬ心を示して居ました、それにもこれにも皆深い訳が有り、其の訳の為に自然と皆様を欺くに当る事とも成り素性を隠すにも立ち到りました、能くお聞き下さいまし、今より二十年余りの昔、不幸な一婦人が有りました、所天《おっと》との間に少しの事から思い違いを生じ、所天が自分を愛せぬ者と思い詰め、涙ながらに唯一人の幼い娘を懐き、所天の家を忍び出て米国へ渡りました」
 余り縁も由かりもなさ相な事柄では有るけれど、是が輪田夏子の真の素性を語るのかと思えば余は熱心に聞き入りて、殆ど膝の進むも覚えぬ程である、何しろ此の秀子、此の輪田夏子には、お紺婆の養女で有ったと云うよりも猶以前に何等かの生長《おいたち》がなくては成らぬ、何うやら其の成長から語る積りらしい、権田時介も余と同じく傾聴して居る、余の叔父に至っては殆ど全身が耳ばかりに成った様である、秀子「其の婦人が米国に着き、未だ身の落ち着きも定まらず、宿屋に日を暮して居ますうち、其の土地に大火事が有り、宿屋は焼け、多くの旅人が焼け死にました、其の婦人も娘と共に焼け死んだうちへ数
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