「分りました、八年前に此の室で、養母お紺を殺したのは此の高輪田です、此の長三です、私一人其の声を聞き附けて此の室へ走って来ましたが、真暗の中で何者にか突き当たりました、これが確かに曲者とは思いましたけれど私を突き退けて逃げ去りました、女ながらもそれを追う為私が馳け出そうとする所を、暗の中から死に際の声で、曲者と云って私の手を捕え左の小腕へ噛み附いたのがお紺でして、死に際の苦痛と云い殊には暗の中と云い人の差別も分らなんだのでしょうが、私は唯痛さと恐ろしさに気を失い、自ら逃げるのか曲者を追い掛けるのか、夢中の様で駆け降りて堀の端まで行き、倒れました、翌朝我に復《かえ》って見ると早や養母殺しの罪人として警官の手に捕われて居たのです、外に罪人の有る事は知りながらも誰と指して云う事は出来ず、争いは争いましたが、手に残る歯形と云い、肉が老婆の口に残って居た事と云い、似寄った事情と間違った推量とが証拠と為って、自分の言い立ては少しも通らず、云えば云うだけ偽りを作るに巧みな天生の毒婦だと罵しられ、遂に人殺しの罪人として宣告を受けました、未丁《みてい》年の為死刑を一等だけ減じ終身刑に処するから有難く思えと言い渡されました。女王陛下にまで哀願しても許されず、終いに罪なき清浄の一少女が稀代の毒婦輪田お夏とて全国に唱われました」
 千古の恨みを吐き出して其の声は人間の界《さかい》を貫き深く深く冥界と相通ずるかと疑われる様な音である、余は感動せずに聞く事は出来ぬ、知らず知らず一身が秀子の声と相融和して自ら恨みの中の人と為り、共に悔しい想いがする、秀子は猶も同じ調子で「牢を抜け出て後、私の密旨の一つは誠の罪人を探し出し天の如き裁判を彼に加えて一身の無実を雪《そそ》ぐに在りましたが、今は其の罪人が有りました、彼に相当した通りに天の裁判が降りました、彼は此の高輪田長三です、多少彼では有るまいかと疑ぐった事は有りますけれど今此の天の裁判を見て初めて彼と確かに知る事が出来たのです、天の裁判が如何に彼に降ったか此の様を見れば分ります」真に秀子は其の熱心を以て、人の目に見えぬ所をまで見て取り得たのか、斯く叫ぶ間も、猶其の眼を、人間以外に注ぐ様に宇宙に浮かべて居る。

第百十八回 シテ密旨の第三は

 成るほど秀子の「密旨」の一つが、お紺殺しの真の罪人を探し出し、自分の汚名を雪ぐに在ったのは尤も千万な次第で
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