了ったが、向こうの方から慌ただしく余の馬を引いて来るは例の小僧だ、彼手柄顔に「旦那が疎漏《ぞんざい》にお繋ぎ成さった者だから、放れて飛び出しましたのを私が追い掛けてヤッと此の通り捕えて来ました」何を云うのだ自分で繋ぎを解いて乗り廻したに違いない、爾して例の通り褒美の欲しさに此の様な事を云うのだと、余は深く疑がったけれど、其のまま小銀貨を投げ与えて其の馬を受け取った、彼は猶余の顔を差し窺き「最う是だけ下されば、旦那が知り度いと思って居る大変な事を知らせて上げますけれど」余は秀子の身に就き少しの手掛かりでも得たいと思う場合ゆえ「大変な事とは何だ」小僧「貴方の尋ねて居る美人の事です、アノ日影色の着物を被た」余「己が其の美人を尋ねて居るなどと何うして知れた」小僧「今此の馬に乗って停車場まで、イヤ此の馬を追い掛けて停車場まで行き、馬車の御者から聞きました」余「シテ汝が何の様な事を知って居る」小僧「確かに銀貨二個ほどの価値の有る事を知って居ます」余は又銀貨を出して与えた、小僧「では言いますが、アノ美人が今朝早く此の家へ来ましたよ」余「此の家へ来て夫から」小僧「婆さんに逢って、大変な品物を小瓶へ一杯、買って行きました」「大変な品物とは」小僧「婆さんが容易に人に売り渡さぬ品物です、巡査にも分らぬ様にして折々内所で売る品です」余「毒薬か」小僧「ハイ」
真に秀子が毒薬を買ったとすれば今度こそは自分で呑む積りに違いない、自殺などする女でないと確かに権田が言い切ったけれど、夫は時と場合に由る事、秀子の様に、其の身の寃罪《えんざい》を解こうとする大密旨を持って居る女が、其の密旨の到底遂げるに由なきのみか又更に別に寃罪を受けんとして之を逃れる道もなきを見ては、決して自殺せぬと限らぬ、余が自ら秀子の位置に立ったとして考えても殆ど自殺の外に道がない、秀子は其の毒薬を持って何所へ行ったか知らぬけれど、兎に角も早く捜し出して自殺だけは妨げて遣らねばならぬ、と云う中に早や日は正午を過ぎた、既に自殺した後かも知れぬ、余「シテ夫は何時頃で有った」小僧「今朝私が起きた許りの時ですから、今より六時間も以前です」余「夫から其の美人が何方へ行ったかを知って居るか」
小僧「知って居ますとも落ち着く先まで私は見届けましたが、之は確かに銀貨三個の価が有り相です」
第百三回 何の謎
斯うなっては小僧の請うが儘に賃
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