です、此の薬は私が連斎に教えたのですが、彼は其ののち幾度も実用して分量の加減などは私よりも上手に成ったと見えますよ。
「夏子は中々勇気の有る女と見え、その危険な薬を、怯《ひる》みもせずに呑んだ相ですが、無論死人同様の有様に成ったと云います、折から七月の炎天の際故、一時も早く葬らねば死骸が腐敗すると云う口実を以て、権田時介が外面から運動し、少なからぬ賄賂《わいろ》を使い、其の力で到頭病院から死骸を引き取り、外の所へ葬ると云う許可を得たのです、爾して死骸を連れ出して、直ちに幽霊塔の庭へ葬った様に見せ掛けたが、実は薬の分量が宜しきを得た者か、予想の通りに蘇生して私の許へ来る事になったのです。
「サア斯様な訳ですから、夏子其のままの姿では一歩も外へ出る訳に行かず、尤も病院を出た時には髪の毛などもかなりに長く延びて居た相ですけれど、私の許へ連れて来るのに何うしても男姿として人目を眩《くら》ます外はないとて頭髪を短く刈ったのだと云いました、私の許に居る中に髪の毛は長く延び、其の第一号の顔型の箱へ、剪《き》って入れて有る通りに成りました」

第八十三回 一生の燈明

 先生は猶語り続けた。「延びた髪の毛も前に申した通り、薬の力で色が変わり、其のうちに顔の総体も私の手術で全く別人の様になりました。尤も其の間に権田時介は二度ほど秀子の許を尋ねて来ました、毎も私が立ち会った上で面会させました、権田の用事は一つは私の手術を進むを見届けるのと秀子の其の後の身の振り方を相談するとに在ったのです。
「勿論私の手術には彼一方ならず驚き、秀子の顔を見て全く見違える様に成ったと云いました、それから相談の結果で、秀子は兎に角も米国へ行き、同国で多少の地位とか履歴とかを作った上で此の国へ帰ると云う手筈に定まりました、夫から権田は其の次に来た時に、米国の弁護士や政治家などに宛てて幾通の紹介状を作って秀子に渡し、恐らく今まで渡米した英国の婦人で斯くまで充分の紹介状を持って行った者は有るまいと云い、猶秀子に向って全くの一人旅とは違い、事に慣れた伽《とぎ》が一人附いて行くから心細い事はないなどと励ます様に云いました、其の伽とは監獄の病院で大場連斎の手下に成って秀子の脱獄を助けた老看護婦で、本名は知りませんが虎井夫人と偽名する様な打ち合わせでした」
 扨は彼の虎井夫人は其の時から秀子の附添いと為ったのか、是で夫人
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