して置きました」お浦は前よりも声荒く「叔父さん、私は黙って居度いと思っても、黙っては居られません、今の其の方のお言葉は確かに私と道さんとを邪魔にするのです、晩餐に招かれて爾して主人の方の人々を邪魔にする様な無礼は、此の節余り流行りません、ハイ私はそう邪魔にされ慣れては居ませんから、此の座に耐えて居る事は出来ません、サア道さん私と一緒に退きましょう、此のお客様が我々とは列席して下されませぬよ」と全くの悪態と為った、叔父は何れほどか腹が立ったろうけれど、日頃の気質で充分に叱りは得せぬ、只管《ひたすら》怪美人に謝まろうと努めたが、怪美人も斯うまで云われては謙遜もして居られぬと見え、突と立って虎井夫人に目配せをし、其の様な言い掛りは受けませぬ、と言わぬ有様で静々と立ち去った、折角の晩餐も滅茶滅茶に終ったが、併し其の立ち去る風は実に何とも云い様の無い気高い様である、女王の瞋《いか》るのも此の様な者で有ろうか、夫に引き替えお浦の仕様は何うであろう、余は両女の氏と育ちとに確かに雲泥の相違が有るのを認めた。怪美人は決して乳婆などの連れ子ではない。
 叔父も非常な不機嫌で、余がお浦に成り代ってお詫びする間も無いうちに室へ退いて仕舞った、後に余はお浦に向い、荒々しく叱った位では迚も追い附かぬから、無言の儘目を見張って睨み附けた、此の時の余の呼吸はお浦の顔を焼くほどに熱かったに違い無い、本統に火焔を吐くほど腹が立ったのだ、お浦は少しも驚かぬ「貴方の其の大きな眼は何の為に光って居ます、貴方は叔父さんが何れほど深くあの何所の馬の骨とも知れぬ女を見初めたかを知りませんか、貴方は本統に明き盲目です、此のまま置けばアノ女に釣り込まれて叔父さんは二度目の婚礼までするに極って居ます、爾なれば叔父さんの身代を相続する為に待って居るお互いの身は何なります」エ、益々忌わしい根性を晒け出すワ余は決して叔父の身代に目を附ける様な男で無い、相続する為に待って居るお互いなどは余り汚らわしい言い様だ、幾ら乳婆の連れ子にもせよ斯くまで心が穢かろうとは知らなんだ、若し知ったなら決して今まで一つ屋根の下には住まわれぬ、余りの事に余は呆れて猶も無言のまま睨んで居たが、お浦は忽ち椅子を攫《つか》み、悔し相に身を震わせて「エ、憎い、憎い、アノ女は取り殺しても足らぬ奴だ、道さん見てお出で成さい、アノ女が猶も貴方や叔父さんに附き纒う
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