「グラニル」とは曩《さき》に余が刺された時、其の刃に塗って有った毒薬である事を思い出し、其の旨を森に告げると森は点頭いて「其処ですて、何しろ此の様な珍しい毒薬に、少しの間に二度も而も同じ家で出会わすとは余り不思議ですから充分手下に調べさせましたが、其の出所が分りました。此の村の盡処《はずれ》に千艸屋《ちぐさや》と云って草花を作って居る家の有るのは御存じでしょう」成る程余は知って居る、曾て其の家の小僧が偽電報の件を余に知らせて来て十ポンドの褒美を得て去った事まで此の話の初めの方へ書き込んで置いた積りだ。余「ハイ知って居ます」森「其の家の主人はお皺婆と云い、昔印度に居た事も有り、今でも印度の草を作って居ます、其の中にグラニルも有るのです」余「ソレがどうしました」森「ソレから此の家に居る人でアノ家へ折々行く人が有ります」余「それは誰です」森「秀子さんの附添虎井夫人です」余「夫人は病気ですが」森「イエ病気は既に大方直りました。昨日も此の夫人がアノ家へ行ったのです」余「何の為に」森「アノ婆が狐猿の飼方や其の病気の時の手当て方をも心得て居るとの事で、毎も表面はそれを問いに行くのです」余「グラニルを買いに行くのではないでしょう」森「ハイそれは買おうにも売りませんから盗む外はないのです」余「では婦人が其の草を盗んで来て」森「イイエ、真逆に自分で盗みも仕ますまいが、アノ夫人はアノ家の小僧に窃かに小使銭を与えて居ます」余「爾としても叔父を毒害したのが秀子だと云う証拠には成りますまい」森「勿論之は証拠ではないのです。唯グラニルの出所をお話し申したのです」余「では何を証拠に秀子を疑いますか」森「生憎其のグラニルの液を入れた小さい瓶が、秀子さんの室から出たのです」

第六十七回 前科者

 毒薬の瓶が秀子の室に隠して有ったとは実に意外な事柄である、流石の余も弁解する事は出来ぬ。
 併し余は必死となり「けれど森さん、世に疑獄と云い探偵の過ちと云う事は随分有る例です。是こそは動かぬ証拠と裁判官まで認めた証拠が豈《あに》図らんや全くの間違いで有ったなどと云う話は、聞いた事がお有りでしょう」森「左様です、其の様な事柄は貴方より私が能く知って居ます」余「夫だのに貴方は唯毒薬の瓶一個で、既に秀子を疑いますか」森「唯瓶一つではなく、今まで申す通り様々の事情が総て秀子を指して居るのです」余「様々の事情とて、
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