霊塔と云う言葉に既に驚いた様子であったが、余の名刺を見て益々驚き「エ、エ、貴方が丸部道九郎さんですか」と呆れた様な顔をした。是が彼の運の盡きで有った、呆れる拍子に少しの隙が有ったから、余は直ぐに彼の手から短銃を※[#「※」は「てへん+劣」、読みは「も」、120−上5]ぎ取った、真に咄嗟の間で、彼に少しも抵抗の猶予を与えなんだのは我ながら手際で有った。
彼が立腹の一語をも発し得ぬ間に、余「此の様な物が有っては話の邪魔に成って仕方がない。話の済むまで私が預って置きましょう」彼「夫は非道い、出し抜けに奪い取るとは紳士に有るまじき――」余「イヤ紳士の談話には短銃の囃《はやし》など用いません」彼「でも夫がなくては私は怪我人で身体も利かず」余「イヤ身体は利かずとも口さえ利けば沢山です」彼「宛で貴方の手の裏に入った様な者で、貴方の強迫なさる儘に」余「イヤ私は短銃を以て人を強迫するのは嫌いです、其の証拠には此の通り短銃を衣嚢の中へ収います」と云いつつ早や腰の辺にあるピストルをポケットへ入れて了った。
唯是だけで、早や主客処を異にした有様と為った。彼は猶グズグズ云うを「お黙り成さい、男らしくもない」と一言に叱り鎮めて置いて「実は私は茲で貴方に射殺されて了い度いのだ。勿論生きては還らぬ積りで、夫々後の用意をして貴方を尾けて来たのですから」甚蔵は独語の如くに「アア夫だから秀子が意地が強かったのだ、何の様な目に逢っても面会はせぬから勝手にするが好いなどと、失敬な返事を言伝にして」余「或いはそうかも知れません、兎に角私は叔父朝夫に相談して、此の身が若し三日目までに帰らなんだら、殺された者だから直ぐに其の筋へ訴えて捕吏を此の養蟲園へ差し向けて呉れと云うて有ります。夫だから何うしても明日中に帰らねば好くないのです、今夜此の通りアノ室を脱け出したのは私よりも寧ろ貴方の為と云う者です」穴川「だって短銃を取られた上は、貴方を殺す訳にも行かず、捕吏が来たとて私を捕える廉《かど》は――」余「有るかないか捕吏の方で判断するから茲で争うには及びません。先ず私の話からお聞きなさい」穴川「ハイ其の様に云わずとも聞くより外に仕方のない場合です」余「では云いますが、貴方は今から三十日以内に、此の土地を去り、外国へ移住なさい、再び此の国へ足踏みせぬと云う約束の上で、旅費は私が二百|磅《ぽんど》出しますから」穴川「夫
前へ
次へ
全267ページ中142ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
黒岩 涙香 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング