荷物を受け取らねば成らぬと仰有ったが茲は停車場では有りませんよ、貴方の商用とは大変な商用ですネエ」嘲けるよりも寧ろ打ち解けて笑談《じょうだん》を云う様な口調で云うた。是も彼が日頃の職業柄で慣れて居る口調であろう。余「ハイ有体に申せば、此の家へ忍び込む為に貴方を欺いたのです」
 彼は急に真面目になり「成るほど私に油断をさせたのですネ、夫は兵法の「いろは」ですが、併し何で此の家へ忍び入り度いと思ったのです、貴方は探偵ですか」余「イイエ」医学士「成るほど探偵ではない、物の言い振りで分って居るが、矢張り唯の紳士ですな、唯の紳士が何の為に他人の家へ、物取りですか」余「先ア其の様な事とお思いなさい。兎も角私は忍び込んで既に多少見届ける所が有りましたから目的の一部は達しました。之で此の室の住者と共に茲を立ち去りますから、サア其所を退いてお通しなさい」
 余は全く此の住者を連れて立ち去る積りである、此の住者が、何者か又何の為に茲に居るか、少しも考えは附かぬけれど、鎖まで附けて繋いである所を見れば、当人の意に背いて引き留めてある事は確かだから此の者を連れて去るのは此の者を救うのも同様だ。医学士は考えつつ「イヤ勿論貴方の立ち去るのを吾々が邪魔する権利は有りませんから勝手にお立ち去りなされですが、併し私は此の家の主人ではなく、只主人と懇意な間柄と云う許りで、御存知の通り主人は大怪我の為前後も知らず寝て居ますから、後で正気に返った時、若し私に向い、何故に他人の家へ忍び入る紳士を其のまま帰したかと問わるれば私は一応の返事もせねば成りません。其の時何と返事を致しましょう、是だけは貴方から伺って置かねば成りません」余「其の時は――左様サ、私が一枚の名刺を残して置きますから私の許へ親しく聞きに来いと言って下されば宜しいのです」医学士「では茲へ此の手燭を置きますから、余り時間の経たぬ中にお立ち去りを願います。お名札は下で戴きましょう、其の節猶一言申し度い事も有りますから」
 斯う云って狭い出口を悠々と去って了った。婆は気を揉んで「お前、アノ様な者を何故立ち去らせる。お前は好かろうが、後で私が甚蔵から何の様な目に遭うかも知れぬ」と頻りに苦情を云う声も聞こえた。けれど何の甲斐もなく医学士に連れ出されて了った。
 とさ、斯う思って居る中に早や外から入口の戸を犇々《ひしひし》と締める音が聞こえる、サア大変だ
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