井を見上げたが何の意味か益々分らぬ、婆は語を継いで「閉じ込むのは貴方の様に昼間は来ませんよ。夜半に蓋をした馬車で甚蔵か医学士かが連れて来るのです」医学士とは何の謂いにや、甚蔵自ら博士と称し、外に医学士と称する相棒でも有ると見える、余「連れて来られたのは男――女」婆「女はアノ美しい若いのが来た時から、一人も来ませんよ、本統に美しい顔で私は貴婦人だろうと思いました、けれど馬車から抱き降された時の顔は真青で、死骸かと思いましたよ」狂人の云う事ゆえ分らぬは当然だ。一々之に解釈を試むるは愚の至りの様では有るが、併し狂人とて全く根のない事は云うまい、若しや此の美しい女と云うは秀子の事ではあるまいか、秀子が何等かの事情の為に昔夜中に馬車に乗せられ此の家へ連れて来られた事でも有るのではなかろうか、其の事は何時頃であったのだろう、ズッと近くか若しや又、行方知れずに為ったお浦の事ではなかろうかなど、兎に角自分の知った事柄へ引き寄せて考えるのが人間の癖でも有ろうか、余は其の事の余程以前か将《は》た此の頃かを確かめ度いと思い「男は其の後も随分来ましたネ」婆「エエ男は最う去年も一昨年も今年も、馬車の音さえすれば必ず男の子供です」愈々幾年か昔の事に違いないが、併し総体の上から何の為に、夜半に馬車で人を連れて来るのか更に見当が附かぬ、子供と云い閉じ込めるなどと云った今の言葉に思い合わすと益々分らぬ。

第五十一回 天井の上の音

 気の違って居る婆の言葉を茲へ一々記すにも及ばぬが、其の中に、医学士と云う言葉が二三度あり、又夜半に甚蔵が庭の木の下へ穴を掘り何物をか埋めたと云う様な言葉もあった、何を埋めたのかと此の点は特に問い直したが、何だか人を殺して埋めたかの様にも思われる、而も其の事は一度ならず二度も三度も有ったらしい。
 若し此の辺の秘密が一つでも、充分に分ったならば、彼の運命を余の手の中に握ったも同様ゆえ、此の後決して彼に頭を擡げさせぬのに、能く分らぬは惜しい者だ、此の上は唯先刻の潜戸を開き其の中を検める外は有るまい、アノ中には、秘密其の者か将《は》た秘密を明らかにする証拠物とか参考品とか云う様な物が有るに違いない、何かして中へ入って見たい。
 此の様に思って猶も婆の話を引き出す様に仕向けて見たが、此の婆全くの狂気ではない。狂と不狂との間に在るので、時々は常の人と余り変らぬほど心の爽かな場合
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