四十三回 空な約束
権田時介が来た為に、余は実に肝腎の話を妨げられた、若し彼の来るのが半時間も遅かったら、余は必ず秀子を説き伏せて末は夫婦と云う約束を結んだのに、惜しい事をした。
時介が秀子に何を云うか、又秀子が時介に何を頼むか、余は茲に居て聞き取り度いと思ったけれどもまさかにそうも出来ぬ。既に秀子から故々《わざわざ》時介を呼びに遣ったと聞いて居る丈に、厭でも茲を立ち去らねばならぬ、恨み恨み彼の顔を眺むれば彼も余と秀子との間に何か親密な話でも有ったのかと嫉む様に余の顔を見る、余「イヤ権田さん」時介「イヤ丸部さん」と互いに挨拶の言葉だけは親しげに交えたけれど腹の底は火と火の衝突だ、互いに焼き合いだ。
余は詮方なく此の室を退いて、我が心を鎮める為庭に出て徘徊したが心は到底鎮まらぬ、益々秀子の事が気に掛かる一方だ、何で秀子は権田の様な者を呼び寄せただろう、余に打ち明ければ何の様な事でもして遣るのに、何でも権田は秀子の身の秘密に、久しく関係して居るに違いない、今初めて怪しむ訳ではないが其の秘密は何であろう、秀子は到底此の世に活きて居られぬと迄に云った、シテ見ると余ほど切迫して居る事に違いない、唯一度余に打ち明けて呉れさえすれば余は骨身を粉にしても助けて遣るのに、権田には打ち明けて余には隠して居る、何の秘密だか少しも見当が附かぬ、見当が附かぬのに助けると云う訳には行かず、と云って助けずに、知らぬ顔で済ます訳にも猶更行かぬ、困った、実に困った、只問う丈では幾度問うたとて打ち明ける事ではなし、矢張り此の上は、秘密にも何にも構わずに、余の妻になると云う約束をさせ、爾して許婚の所天と云う資格を以て充分の親切を盡くし、追々に其の信任を得て、爾して打ち明けさせるより外はないか知らん、追々と云う様な気の永い話では此の切迫して居る今の場合に間に合わぬかも知れぬけれど、外には何の道もないから仕方がない。
余は此の様に思って再び秀子の室へ行ったが、中は大層静かだ、猶だ権田と話して居るか知らん、斯うも静かな様では余ほど湿やかな話と見える、余が這入るのは勿論悪い、悪いけど此の様な大事の場合に権田の都合の好い様に許りはしては居られぬと、今思うと半ば殆ど狂気の様で、戸を推し開いて中へ這入った、オヤオヤ、オヤ、権田は居ぬ、秀子が一人で泣いて居る、余は安心もしたが拍子も抜け「権田弁護士は何うしまし
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