める事は出来ません」と少し理窟っぽく答え、「然らば此の死骸に附いて居る衣服其の他の品物に見覚えはないか」と問われ、「品物は悉く見覚えが有ります」とてお浦が失踪の当日身に着けて居た品だと答えたので、極めて明瞭な答えだと褒められた相だ、根西夫人も、秀子も、余の叔父と同様に、死骸は勿論お浦の死骸だと云い、品物にも覚えがあるとて有りの儘を答えたが、検査官は殊に秀子には目を附けて、猶彼の異様な手袋の事を問うた、秀子は少しも隠さずに、其の手袋は自分の物で、お浦が失踪の当日自分の手から取ったのだと云い、お浦が此の家の書斎で消滅する様に居なくなった次第も云い、猶問われて自分とお浦と喧嘩した事も云った、唯、喧嘩の原因だけは、何と問われても云わず、単に「お認めに任せます」と云うたので、検査官は多分嫉妬の為だろうと云い、全く秀子を嫌疑者とするに足ると思い詰め、陪審員なども、殆ど最早此の上を詮索するに及ばぬとまで細語《ささや》いたと云う事だ。
秀子が退くと引き違えて余は呼び入れられたが、何と言い立てる思案もないから胸は波の様に起伏した、検査の室を指して行く間も、屠所に入る羊の想いも斯くやと自分で疑った、室の入口へ行くと中から森探偵と警察医とが何か細語つつ出て来るのに逢った、摺れ違い様、余は警察医の言葉の中に「三十位」と云う語の有ったのを一寸と小耳に挾んだ、「三十位」とは何の事だろう、此の一語が何の役に立とうとも思わなんだが、後になって見ると大変な事柄の元と為った、頓て検査官の前に立ち、式の通りに聖書を嘗めて「嘘は言いませぬ」との誓いを立てたが、検査官は第一に此の死骸を誰と思うとの事を聞いた、余も前の幾証人の通り「浦原浦子と思います」と答えようとしたが、此の時忽ち「三十位」の一語を思い出し、少し躊躇して、「能く見た上でなければ誰とも答える事が出来ません」と少し捻くった答をした、幾等熟く見たとて何の甲斐もないには極って居るけれど「お浦の死骸だ」と答えるのは殆ど「秀子が殺しました」と答えると同じ様に検査官や陪審員に聞こえはせぬかと思い如何にも心苦しい、一寸でも其の答えを伸したい、検査官は尤と云う風で「では篤と見るが好い」と云われた、余「何れほど検めても差し支えは有りませんか」と問い「ない」との返事を得た上で余はお浦の死骸を、手から足から、充分に調べたが、読者よ、余は実に此の暗澹たる事件をして更
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