に分れ、馬車の許へ駆けて行くと、叔父は怪訝な顔で「怪我は何うした、怪我は何うした」と畳み掛けて問わる。余「エ、怪我とは誰の」叔父「お前のよ」余「エ、私が怪我したなどとは夫は何かの間違いでしょう、此の通り無事ですが」叔父「無事なら何より結構だが、ハテな、誰の悪戯だろう、先ず此の電信を見よ」と云って一通の電信を差し出した、馬車の燈火に照して読むと「ドウクロウ、オオケガ、スグキタレ、イナカホテルヘ」と有り「叔父さん誰かが貴方を欺いて誘き寄せたのですよ、跡方も無い事です、併し此の様な悪戯者が有っては不安心です、貴方は直ぐに宿屋へお出なさい、私は直ぐに電信局へ行き、何の様な奴が此の電信を依頼したか聞いてから帰ります」叔父「四十里を通し汽車で、二時間半で此の先の停車場へ着いたが、己は疲れたから其の言葉に]おう」お浦は余が一言も掛けぬに少し不興の様子で「おや道さん四十里も故々《わざわざ》介抱に来た私には御挨拶も無いのですか、今一緒に歩んで居た美人にでも此の様に余所々々しいのですか」と、叔父の顔を顰《しか》めるにも構わず呶《ど》鳴った、余は単に「イヤ挨拶などの場合で無い」と言い捨てて電信局を指して走ったが、何うも変だ、何だか幽霊屋敷の近辺には合点の行かぬ事が満ちて居る様だ、併し今までの事は此の後の事に比ぶれば何でも無い。
第五回 神聖な密旨
何者が何の為嘘の電報など作って余の叔父を呼び寄せたのだろう、余は電信局で篤《とく》と聞いて見たけれど分らぬ、唯十四五の穢い小僧が、頼信紙に認めたのを持って来たのだと云う、扨は発信人が自分で持って来ずに、路傍の小僧に金でも与えて頼んだ者と見える、更に其の頼信紙を見せて貰うと、鉛筆の走り書きではあるが文字は至って拙《つた》ない、露見を防ぐ為故と拙なく書いたのかも知らぬが、余の鑑定では自分の筆蹟を変えて書く程の力さえ無い人らしい、而も何だか女の筆らしい。
是だけで肝腎の誰が発したかは分らぬ故、余は此の地の田舎新聞社に行き広告を依頼した、其の文句は「何月幾日の何時頃人に頼まれて此の土地の電信局へ行き、倫敦《ろんどん》のAMへ宛てた電信を差し出した小供は当田舎新聞社へまで申し来たれ、充分の褒美を与えん」と云う意味で、爾して新聞社へは充分の手数料を払い、若し其の小供が来たら、直ぐに倫敦の余の住居へ寄越して呉れと頼んで置いた。
何も是ほどまで気に掛
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