を助ける事の出来る人はないのです」余「でも権田は貴女の応じ得ぬ様な無理な報酬を迫るではありませんか、私ならば、貴女を妹と思って助けます、尤も何時までも妹と云う丈で満足する事は出来ぬかも知れませんけれど」秀子は打ち萎れた仲から異様に笑みて「オホホホ、妹と云う丈で満足の出来ぬ時が来るなら権田さんも同じ事です、生涯愛などを説かぬ男は此の世にないと断念《あきら》めました」斯う云って余を振り捨てた。
けれど余は猶も後に随って行ったが、秀子は愈々舞踏室へ歩み入った、果せる哉だ、第一に秀子の前へ遣って来たのはお浦だ。大敵――だろうと余の鑑定する――高輪田長三も一緒である、余の叔父も附き添って居る、秀子は高輪田長三に逢うのを覚悟の上で茲へ来たのか、夫とも長三に逢いは仕まいと油断しての事だろうか、或いは又逢って見破られるなら夫までと絶望の余り度胸を据えての事だろうか、余は心配に堪えられぬ、若し秀子が実は古山お酉で、茲で高輪田に見破られる様なら、全く姿を変じて人を欺くと云う者で、女詐偽師も同様だから少しも憐れむには及ばぬとは云う様な者の、夫でも何だか気懸りに堪えられぬ、若しも高輪田長三の口から無礼な言葉でも出ようなら一語をも終らぬ中に彼を叩き殺して呉れようか知らんと、余は此の様にまで思って一歩も去らずに秀子の傍に附いて居る。
叔父が先ず秀子に向って「実は是なるお浦が是非とも和女《そなた》に逢い、前の無礼を親しく詫びたいと云い、私に和女の居る所を捜して呉れと頼むから、イヤ断っても、日頃の気短い気性で仲々聴かぬから、此の通り連れ立って和女の居所を探して居たのだ」叔父が斯う云って居る中に秀子の目は夫とも知らずに一寸高輪田の眼に注いだ様だ、爾して何だか悸《ぎょっ》と驚いたかの様にも思われたけれど、是は多分余の心の迷いから此の様な気がしたので有ろう、爾かと思って見直して見るに秀子の顔は相変らず静かで、恐れも喜びも何も浮べては居ぬ、唯品格の有る態度で「左様ですか、けれど浦原嬢からお詫びなど受ける様な事は少しも有りませんが」お浦は茲ぞと云う風で進み出た。言葉の言い廻しも甚だ旨い、「秀子さん貴女にそう仰有られると私は恨まれるより猶辛く、ホンに消え入り度く思いますよ、朝倉男爵の手品会の席で、貴女を仲働きだと、途方もない事を申しまして今考えると私は貴女に何れほど恨まれても仕方がないと、イイエ実に後悔に
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