下の各新聞紙皆左の如く記したり
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◎無惨の死骸 昨朝六時頃築地三丁目の川中にて発見したる年の頃三十四五歳と見受けらるゝ男の死骸は何者の所為《しわざ》にや総身に数多《あまた》の創傷、数多の擦剥《すりむき》、数多の打傷あり背《せな》などは乱暴に殴打せし者と見え一面に膨揚《はれあが》り其間に切傷ありて傷口開き中より血に染みし肉の見ゆるさえあるに頭部《あたま》には一ヶ所太き錐にて突きたるかと思わるゝ深さ二寸余の穴あり其上|槌《つち》の類にて強く殴打したりと見え頭は二ツに割《さ》け脳骨砕けて脳味噌散乱したる有様実に目も当《あて》られぬ程なり医師の診断に由れば孰《いず》れも午前二三時頃に受けし傷なりと同人の着服《きもの》は紺茶|堅縞《たてじま》の単物《ひとえもの》にて職業も更に見込附かず且つ所持品等は一点もなし其筋の鑑定に拠れば殺害したる者が露見を防がんが為めに殊更奪い隠したる者ならん故に何所《いずこ》の者が何の為めに斯く浅ましき死を遂げしや又殺害したる者は孰れの者か更に知る由なければ目下厳重に探偵中なり(以上は某《それ》の新聞の記事を其儘《そのまゝ》に転載したる者なり)
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 猶《な》お此無惨なる人殺《ひとごろし》に附き其筋の調《しらべ》たる所を聞くに死骸は川中より上げたれど流れ来《きた》りし者には非ず別に溺《おぼ》れ漂いたりと認むる箇条は無く殊に水の来らざる岸の根に捨てゝ有りたり、猶お周辺《あたり》に血の痕の無きを見れば外《ほか》にて殺せし者を舁《かつ》ぎ来りて投込みし者なる可《べ》し又|此所《このところ》より一町ばかり離れし或家の塀に血の附きたる痕あれど之も殺したる所には非ず多分は血に塗《まみ》れたる死骸を舁ぎ来る途中事故ありて暫し其塀に立掛し者なる可し
 殺せしは何者か殺されしは何者か更に手掛り無しとは云え七月の炎天、腐敗《くさ》り易き盛りと云い殊《こと》に我国には仏国|巴里府《ぱりふ》ルー、モルグに在《あ》る如き死骸陳列所の設けも無きゆえ何時《いつ》までも此儘《このまゝ》に捨置く可きに非ず、最寄《もより》区役所は取敢《とりあ》えず溺死漂着人と見做《みな》して仮に埋葬し新聞紙へ左の如く広告したり
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 溺死人男年齢三十歳より四十歳の間|当《とう》二十二年七月五日区内築地三丁目十五番地先川中へ漂着仮埋葬済○人
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