謔、な女がそばへやって来て「いかがです」てなことを言う。ホテルの前のかどでも、そんな女が二人突っ立っていて、いきなり僕の腕をとって、何やかやと話しながら一しょにあるいてくる。よくは分らないが、「五フランなら」というような言葉がその中にあったように思う。実は、このベルヴィル通りの労働者街を逃げ出したのは、おまわりさんもこわかったが、この五フラン女もこわかったのだ。
それからパリの中心のグランブウルヴァル近くのあるホテルへ引っこすとすぐ、夕方その辺をぶらぶらしながら、ちょっとはいるのに気がひけるようなある大きなキャフェへはいった。キャフェは実にうまい。僕は二、三ばい立てつづけに飲んだ。そして「もう一ぱい」とボーイに言いつけている間に、ふと五つ六つ向うのテーブルにいる若い綺麗な女が、僕の顔を見ながらニコニコしているのに気がついた。これはまた、日本ではとても見られないような、本当の西洋人の目のさめるような女だ。
僕はきっと僕があんまりキャフェを飲むんで笑っているんだろうと思った。それともまた、色の浅黒い妙な野蛮人がいるなと思って笑っているのかともひがんで見た。どっちにしても、僕にとっては、
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