@彼は取次のものと何か話していたが、Bはすぐ帰って来る筈だから、と日本語でその話を取次いでくれた。僕は彼が僕の顔を分らずに、そのハッとした態度をまだそのまま続けているのが少々可笑しかった。そしてちょっとからかって見る気になった。
「あなたはよほど長く日本においででしたか。」
僕は済ました顔で尋ねた。
「いいえ、日本にいたことはありません。」
僕は彼のむっつりした返事を少々意外に思った。がすぐまた、彼が排日運動の熱心家で、そのために日本の警察からかなり注意されていたことに気がついた。そして彼が僕を普通の日本人かあるいは多少怪しい日本人かと思っているらしいことは、さらにまた僕のからかい気を増長させた。
「しかしずいぶん日本語がうまいですね。」
「いや、ちっともうまくないです。」
彼は前よりももっとむっつりした調子でこう言ったまま、テーブルの上にあった支那新聞を取り上げた。僕はますます可笑しくなったが、しかしまた多少気の毒にもなり、またあまり長い間話ししていては険呑だとも思ったので、それをいい機会にして黙ってしまった。そして彼には後ろむきになって、やはりテーブルの上の支那の新聞を取りあ
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