ウんの上に大変な傷を与えるようなことになるとすれば、これは考えなければならないことであるかも知れません。けれども、私たちの関係は知らない人同士で認め合うというような、いい加減なことは許されないだろうと思われます。今会うことができないとしても、一度はぜひお目に懸からなければなるまいと思います。」
すると、翌日の手紙に、追っかけるようにして、君はさらに言う。
「保子さんのことを昨日の手紙に書きましたが、あれはとり消しましょう。今日安成さんから少しばかりお話しを伺いました。どうも今お会いするのは無駄なように思いますから。もしあなたの保子さんに対するお考えが委しく伺えれば本当にいいと思いますけれども。
「今朝から私はいろいろに考えていましたの。私の保子さんと、神近さんとに対する本当の心持を知りたいと思いましてね。ですけれど、私はやはり、どちらの関係もあなたの生活の一部として是認するだけで、あなたと保子さん、あなたと神近さん、それからあなたと私、というふうに切り離しては考えられないのです。要するに、私が、保子さんとあるいは神近さんとあなたとの間のことについて、お互いに理解し合ったり認め合ったりするということの方を現在の一番大きなことのように考えていたのは、まだ本当に自分であなたと私との関係がのみ込めなかったというふうに考えられて来ました。本当に平凡な事実なのですけれども。保子さんといい、神近さんといい、私といい、ただあなたを通じての交渉なのですから、あなたに向っての各自の要求がお互いにぶっつかりさえしなければ(何だか他に言い方があるような気がしますが)、みんなインディファレントでいられる筈だと思います。そうすれば、なお一層よくあなたを理解し合おうとするみんなの努力があれば、そこで初めて完全に手を握ることができるのだと思います。
「そうして今、神近さんと私とは、というよりも私の神近さんに対する気持は、この第一段にいるのだと思います。保子さんに対する私の気持は、第二段にまで進みかけているのですが、保子さんはまだ恐らくは第一段にまでも来てはいらっしゃらないように思われます。そこで私の保子さんに持つ心持は、保子さんには無理すぎることになって来ます。で、今しばらくはインディファレントでいます。あるいはそれ以上に進まないかとも思われます。しかし私としては、保子さんとも神近さんとも、本当に手を握りたいのが望みです。神近さんには、会ってよくお話しすれば、そこまで進めるかとも思います。ぜひそうあらねばならぬと思います。そうして初めて私たちの関係は自由なのですね。そうしてお互いに進んで行きたいと思います。
「ひとりいて、私はそういうことを考えては、自分の気持がずんずん進んで行くのがはっきり見えるのが嬉しくて堪りません。こんなことばかり考えていますと、頭がはっきりして来て、気がはればれして来て、いい気持になれます。けれども私はまだ恐れています。今、私があなたの愛を一番多く持っているということに、自分の安心があるのではないかということを。絶えずそう思っては注意していますけれども、今のところでは別にそんな感情は少しもまじっていないようですけれど、その反省だけは怠らずに続けています。」
四
野枝さん。
保子に対する君の気持は、この三つの手紙によって、非常によく分った。ただ、最後のが、もう少しはっきり言い現せそうなものだとは思ったが、そして大体においては、君のこのまったく自発的な進みかたが、ごく自然な、かつごく聡明な、また僕自身にとっては感謝しなければならぬほどのものだと思う。本当によくそこまで進んで来てくれた。
さらに、他の女に対する君の心持の進みかたを見ると、理想から漸次現実に引下って来た傾きがある。そしてこの傾きが、保子の他の女に対する、および神近の他の女に対する、心持の動きかたや進みかたと、自ずから異なるところがある。
最初は、僕に他の女のあるということが、どうしても君には話すことができなかった。君には、排他的の厳重な一夫一婦という、一種の理想があった。そこで君は、しきりと僕に、他のいっさいの女を斥けることを迫った。しかし、僕には、それがまったく無意味のことであった。他の女に対する僕の愛は、それよりももっと深そうに見える君に対する愛が生じたからとて、なくなった訳でもなくまた格別減った訳でもない。また、他の女に対する愛がなくなりあるいは減って行って、君にその愛を移したという訳でもない。甲の女によって求め得べからざるものを乙の女によって、また乙の女によって求め得べからざるものを丙の女によって、得るということもあろう。さらにはまた、甲の女には与え得べからざるものを乙の女に、また乙の女には与え得べからざるものを丙の女に、与え得るという
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