オ、なおそれと同時に、君が一番最後に僕のところに来たんであるということをも、十分に考えて見なければならない。現に神近は、平気で人の亭主をねとって置きながら、その男をさらに他の女にねとられて、急に騒ぎ出した。男を殺してしまうとまで狂い出した。それでもなお神近は、ついに自分をしっかりと握って、再び起ちあがることができた。これは、神近には反省と思索とのかなりのトレーニングがあった上に、経済上に独立しているという強味もあり、それらの点からははなはだ好都合な地位にいたのだが、なおかつ人を殺し自分も死ぬといういったんの決心までも経た後の、そしてまたさらに二カ月間の火の出るような内心の苦闘の後の、ようやくのことであった。神近の話が出たからついでに言って置くがさきに抜き書をした君の手紙の中に、「この気持は、たぶん私とあなた以外の誰にも、本当は理解のできない気持ではないでしょうか」とあったが、いや、神近はすでに君よりも以前に、君が最後に到達した点にまで立派に進んでいたのだ。そして神近は、出るところへも出ずになるべく保子とは顔も合わせないようにして、保子のことはただ僕に任せて置いたのだ。
保子は、自分の亭主を、しかも二人の女に寝とられた女である。
保子のことについて考える時には、第一番にまず、このことをしっかりと念頭に置いてかからねばならない。そして、彼女から亭主を寝とった君や神近は、自分等の考えの進みかたのえらさ[#「えらさ」に傍点]によほどの割引きをして反省しなければならないとともに、なお保子の態度について物を言う時には、よほどの遠慮がなくてはならない。
保子は、諸君のごとき反省や思索のトレーニングのない、無教育な女だ。しかし彼女は、生じっか学問のある女よりは、よほどよく物事の分る女だ。むずかしい理屈を言うことはとても諸君に及びもつかないが、世俗のことについてならば、諸君なぞはとても彼女の足もとにも及び得るものでない。それに彼女は、ふだんはずいぶんやさしいおとなしい女であるのだが、それでいて、なかなかに意地もあり張りもある女である。
しかるに彼女は、こんどのことのあって以来、急に意地も張りもなくして、愚痴といやみ[#「いやみ」に傍点]の、分からずやになってしまった。何事に対してでもずいぶん思い切って無茶をやる僕の心情については、従来は本当によく理解していてくれたのだが、こん
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