た。
次には彼等もやはり竹竿を持って来た。しかしそれは、多くは、長い間物ほしに使ったのや、あるいはどこかの古い垣根から引っこぬいて来たのだった。接戦がはじまって、両方でパチパチ叩き合っているうちに、彼等の竹竿はみなめちゃくちゃに折れてしまった。
二度とも僕は一番先登にいたんだが、向うでもやはり二度とも同じ奴が先登にいた。そいつは仲町の隣りの下町の、ある豆腐屋の小僧で、頭に大きな禿があるので、それを隠すためにちょん髷を結っていた。もう十五、六になっていたんだろうが、喧嘩がばかに好きで、一銭か二銭かで喧嘩を買って歩くという男だった。この時にもやはり幾らか出して敵の仲間に入れて貰ったのだ。僕はそいつが気味が悪いのと同時に、憎らしくって堪らなかった。で、どうかしてそいつを取っちめてやろうと思っていた。
三度目の時は石合戦だった。両方で懐ろにうんと小石をつめこんで、遠くからそれを投げ合っては進んで行った。どうしたのか、敵の方が早く弾丸がなくなって、そろそろ尻ごみしはじめた。僕はどしどし詰めよせて行った。敵は総敗北になった。が、ちょん髷先生ただ一人、ふみ止まっていて動かない。とうとうみんなでそいつをおっ捕えて、さんざんに蹴ったり打ったりして、そばのお濠の中へほうりなげて、凱歌をあげて引きあげた。
四
僕はこんな喧嘩に夢中になっている間に、ますます殺伐なそして残忍な気性を養って行ったらしい。何にもしない犬や猫を、見つけ次第になぐり殺した。そしてある日、例の障害物のところで、その時にはことさらに残忍な殺しかたをしたように思うが、とにかく一疋の猫をなぶり殺しのようにして家に帰った。自分でも何だか気持が悪くって、夕飯もろくに食わずに寝てしまった。
母は何のこととも知らずに、心配して僕の枕もとにいた。大ぶ熱もあったんだそうだ。夜なかに、ふいと僕が起きあがった。母はびっくりして見守っていた。すると僕が妙な手つきをして、「にゃあ」と一と声鳴いたんだそうだ。母はすぐにすべてのことが分った。
「ほんとうに気味が悪いの何のって、私あんなことは生れて初めてでしたわ。でも私、猫の精なんかに負けちゃ大変だと思って、一生懸命になって力んで、『馬鹿ッ』と怒鳴ると一緒に平っ手でうんと頬ぺたを殴ってやったんです。すると、それでもまだ妙な手つきをしたまま、目をまんまるく光らしているんでしょう。私もう堪らなくなって、もう一度、『意気地なし、そんな弱いことで猫などを殺す奴があるか、馬鹿ッ』と怒鳴って、また頬ぺたを一つ、ほんとうに力一杯殴ってやったんです。それで、そのまま横になって、ぐうぐう寝てしまいましたがね。ほんとうに私、あんなに心配したことはありませんでしたよ。」
母はよくこう言って、その時のことを人に話した。そして僕は、その時以来、犬や猫を殺さないようになった。
やはり片田町のその家にいた時のことだ。
正月に下士官が大勢遊びに来た。父はしばらくそのお相手をしていたが、やがて奥の自分の室にはいって寝てしまった。父は酒が飲めないんで、ほんの少しでも飲むとすぐに寝てしまうんだった。
下士官等はまだ長い間座敷で飲んでいた。が、そのうちに、誰か一人が「副官がいないぞ」と怒鳴り出した。
「怪しからん、どこへ逃げた。」
「引きずって来い。」
「来なけれやこれで打ち殺してやる。」
へべれけに酔った四、五人の曹長どもが、長い剣を抜いて立ちあがった。僕はその次の室で、母や女中と一緒に、どうなることかと思ってはらはらして聞いていた。
「奥さん、副官をどこへ隠した?」
曹長どもはその間の襖を開けて母に迫って来た。僕は母にぴったりと寄り添っていた。女中は青くなって慄えていた。
「どこへも隠しやしません。宿もまたどこへも逃げかくれはしません。さあ、私がご案内しますからこちらへいらっしゃい。宿は自分の室でちゃんと寝ているんです。」
母はこう言いながら突っ立って、
「栄、お前も一緒においで。」
と僕の手をとって、さっさと父の室の方へ行った。そしてそこの襖を開けて、
「さあ、みなさん、この通りここに寝ているんです。突くなり斬るなり、どうなりともお勝手になさい。」
と、きめつけた。僕も母のこの元気に勢いを得て、どいつでも真っさきにこの室へはいって来る奴に飛びついてやろうと、小さな握拳をかためて身構えていた。
が、曹長どもは母のけん幕に飲まれて、うしろの方から一人逃げ二人逃げだして、とうとうみんな逃げ出してしまった。そして※[#「つつみがまえ+夕」、読みは「そう」、第3水準1−14−76、30−8]々にして帰ってしまった。
翌日、その下士官どもが一人ずつあやまりに来た。僕は母と一緒に玄関に出て、そのしょげかえった様子を見て、痛快でもあり、また可笑しくて堪らなかった。
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