違いだった。見渡すところ、どいつの手足だって、自分の脳髄で左右せられているものはない。みんな、自分達の胃の腑の鍵を握っている奴の脳髄で、自由自在に働かされているのだ。ずいぶん馬鹿気きった話だが、事実は何とも仕方がない。
 そこで俺は、俺の胃の腑の鍵を、そいつの手から取りもどそうと思った。しかしここでもまた、俺ひとりの胃の腑の鍵を、そいつから奪いとることは、とてもできない仕事であった。俺の胃の腑の鍵とみんなの胃の腑の鍵とが、そいつの手の中で、やっぱり巧みにもつれ合い結び合っていて、どうしても俺ひとりのだけを抜き取る訳に行かない。
 またそいつのまわりには、いろんな番人がいる。みんな鎖をからだ中に巻きつけて、槍だの弓だのを持って立っている。恐くって寄りつけるものでない。
 俺はほとんど失望した。そして俺のまわりの奴等を見た。
 鎖で縛られていることも知らんでいるような奴が大勢いる。よし知っていても、それがありがたいものだと思っている奴も大勢いる。ありがたいとまでは思わないが、仕方がないと諦めて、やっぱりせっせと鎖を造っている奴も大勢いる。鎖を造ることも馬鹿らしくなって、見張りのすきを窺って
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